第5回 奥多摩わさび
ワサビは日本原産の野菜で、奈良時代の文献にすでに記載がみられる。実際の利用は鎌倉時代になってからで、禅宗の寺院で自生のものを採取して食用にしたのが始まりのようである。ワサビはハーブの一種でもあり、胃腸内の毒素を消散するなど殺菌力が強い。刺身にワサビをつけるのも頷ける。
奥多摩ワサビは、江戸時代から渓流を利用して各沢ごとに良質なワサビが栽培され、将軍家にも献上された。また、換金作物としても扱われたため、奥多摩では栽培者の努力によって多くの優良品種が次々と生み出された。昭和40年代までは東京中央卸売市場の入荷量が静岡、長野についで第3位の生産地であった。
奥多摩観光協会・事務局長の渡辺幸治氏に奥多摩駅から車で約10分ほどの「海沢(うなざわ)ワサビ栽培農園」に案内してもらった。当日、都心では30度近い気温だったが、ここではひんやりと涼しい。地沢(じざわ)式と呼ばれる傾斜地を利用したワサビ田では、山からの豊富な湧き水が緩やかな勾配の上から下へ流れていた。「ワサビには一定の水温ときれいな水が必要。湧き水は水温が保たれているのでワサビ作りの条件にぴったりです」と渡辺氏。
奥多摩のワサビ田はこの地沢式が多い。傾斜地であるため、栽培はすべて手作業。過酷な労働条件に後継者が少なく、昭和30年頃には250名ほどいたワサビ組合員も、今では専業農家が3軒までになってしまったという。
奥多摩の特産品としてワサビを使ったものを、と渡辺氏は毎年1商品のペースで開発を続けている。現在、ワサビ茎と鹿肉の入ったカレー、アイスクリーム、焼酎などが販売されている。なかでもワサビ酎は、奥多摩のみの限定販売。「ここに来て奥多摩、そしてわさびの良さをわかったうえで買ってもらいたい。作り方? 企業秘密です(笑)」
ワサビ田までの車中、ワサビ入りアイスクリームをいただいた。淡い緑色と後味がピリッとくる爽やかな風味は、奥多摩の自然にも似ているような気がした。