HOME » トップインタビュー一覧 » トップインタビュー Vol.113 荒川区長 西川 太一郎さん
1 The Face トップインタビュー2017年05月20日号
荒川区長 西川 太一郎さん
生まれも育ちも荒川区。都議会議員16年、国会議員10年4カ月。2003年の衆議院議員選挙に敗れ、教育の世界へ入ろうとするも、請われて区長選に立候補し当選。4期13年目に突入した。その間、1000を超える改革を実施。公園に保育所を設置できるようにする施策などは国をも動かしている。理念を持つことが大事と話す荒川区長、西川太一郎さんにお話をうかがった。
(インタビュー/津久井 美智江)
地方自治はアイデアを注ぐ余地があり、理念を生かせる余地がある
—東京都議を4期、衆議院議員を3期務め、荒川区長になられて4期目ですが、最初から政治家を目指していらしたのですか。
西川 もちろん。私は運がよくて、父親のおかげでよいお師匠様、石田博英先生に弟子入りすることができた。
当時、自民党の中でニューライトという概念が流行っていて、石田先生が中央公論に保守政党のビジョンという論文を掲載していましてね、私はそれを読んで惚れちゃって。弟子入りしたいと父に相談をしたら、石田博英先生と早稲田の高等学院で同級生だったこともあり、家業を継がなくていいと。何年お仕えしましたかね、9年くらいかな、長かったですよ。
それで、35歳で新自由クラブから立候補して都議会議員になり、その後、国会議員として防衛政務次官、教育改革国民会議国会議員代表、経済産業大臣政務官、経済産業副大臣などを務めました。
—2003年、松島みどりさんに敗れましたが、国政に復帰しようとは思われなかったのですか。
西川 あの時は本当に辛くて、政治には区切りをつけ教育の世界でやっていこうと考えたんです。しかし、区政に来てほしいという要請があり、区長選に立候補し、今日を迎えているというわけです。
でも、区長という仕事が案外向いているのかな。存外器用で、入れ物に合わせて生きることができるようです。
憲法8章にたった数行しか規定してない地方自治は、いくらでもアイデアを注ぎ込む余地がある、理念を生かせる余地がある、やり甲斐がある、と喜んで務めています。
—様々な施策を打ち出し、実現されています。今年3月にオープンした「ゆいの森あらかわ」は、中央図書館、吉村昭記念文学館、ゆいの森子どもひろばが一体となった施設だそうですね。
西川 荒川区の新しいランドマークとなる施設です。本を借りてしっかり読むという人もいるでしょうし、友達と連れ立って勉強したりする子どももいるでしょう。利用する方が自ら学び体験し、人と人が交流できる地域の文化やコミュニティの拠点を目指して多様な機能をもたせましたから、皆さん喜んでくださっているようですね。
このゆいの森あらかわは、絵本を大事にされているノンフィクション作家の柳田邦男先生や跡見学園理事長の山崎一頴氏、前聖学院理事長の阿久戸光晴氏など、多くの立派な方々に協力していただきながら、10年かけて作ったんです。
また、作家の吉村昭先生とは父が仕事を通じて仲がよかったという御縁がございました。実は吉村先生には、「文学館を作りたい」と提案したんです。そうしましたら吉村先生は「区の財政負担にならない範囲で実施すること。できれば図書館と併設とすること」を条件に文学館の設置を承諾していただき、資料の提供をお約束してくださいました。それがきっかけで、一気に進みました。
子どもをしっかり育てることによって、その国は間違いない国になる
—今年4月、全国の公園に保育所を設置できるようにする、改正都市公園法などが参院本会議で賛成多数で可決、成立しましたね。これも荒川区が先鞭をつけたとうかがっています。
西川 これは象徴的な出来事ですが、本当によかった。
子育て支援に関して言えば、今は土地がない、近所からクレームが来る、保育士さんが足りないという3つの課題があります。
土地の問題は都市公園法が改正されたことで、少しは改善されるでしょう。次は人材育成です。
そこで、保育士を目指す若者を支援するために、卒業後に荒川区で5年間働けば、返済不要になる奨学金を創設することにしました。
—そのようなユニークなアイデアはどこから浮かんでくるのですか。
西川 実は、区長会総会が行われた翌月に、課長を集めてその空気を伝える全課長会というのをやっているんです。東京23区の思いをみんなに共有してもらい、23区が、地方公務員が、今どういうことで悩んでいて、どうすれば解決できるのかをそこで議論するんですよ。そうするとアイデアが出てくる。
例えば、月尾嘉男さんという東京大学の名誉教授が、「ブータンという国は、国民所得は極めて低く貧しいけれど、ワンチク5世という国王は経済の発展よりも“幸せ”を追求するということを国是としている」と教えてくれたんです。
荒川区はそれをまねしようと、学校の図書館を充実させたり、区内すべての小学生、中学生にタブレットPCを導入したりしました。区にとって8億円の予算はそりゃ大きいですよ。でも、すべての小中学生がタブレットPCを使って、遠くオーストラリアと通信するなんてすごいでしょう。
ケネディ大統領のブレーンで、アーサー・シュレジンジャーという人がいました。親子2代歴史学者で、アメリカで業績を上げた歴史学者に授与するバンクロフト賞というのがあるんですけど、そのバンクロフトの子孫。この方の講義を若い頃聞いて思ったのは、将来政治に働く場所を得たら、子どもは未来社会の守護者だから、教育は大事にしようということです。
それから、コロンビア大学のロジャー・ヒルズマンという方や、ラインホルド・ニーバーというキリスト教の偉い先生からは、子どもをしっかり育てることによって、その国は間違いない国になるということなど、いろんなことを教わりました。
だから、荒川区の子どもたちを立派に育てれば、その子どもたちがすばらしい理念を持って、日本、東京、荒川区をしっかり育ててくれるだろう、守ってくれるだろう。そういう理念を持って区政に取り組んでいます。
荒川区のドメインは、「区政は区民を幸せにするシステム」
—「区政は区民を幸せにするシステムである」とおっしゃっていますが、区役所1階の受付の後ろに掲げられていますね。
西川 私が区政で最初に行ったのは、区政のドメインを決めることでした。ドメインとは、企業が取り組むべき事業の領域のことなんですが、「区政は区民を幸せにするシステムである」ということを荒川区のドメインとし、そのために必要な仕事であればすべてやることにしたんですよ。最初のうちはみんな何かの“標語”だと思っていたようですが(笑)、今では現場にも定着しています。
2013年には「幸せリーグ」というのを立ち上げました。これは住民の幸福を政策の基本に据えた取り組みをしている、あるいは検討している基礎自治体間の緩やかな連合体で、基礎自治体同士が助け合い、学び合いながら政策の互換性を高めて向上していくことを目的としています。大小様々な規模の自治体が100近く参加しているんですよ。
—様々な施策が実を結んだのでしょう。区長に就任されてから人口が増えたり、子育てしやすいまちとしても高く評価されていますね。
西川 それは結果論でね。結局は、地方自治といえども理念を持たなければだめだということです。地方自治だから理念はいらない、国政だから理念がいるという人がいたとしたらそれは間違い、逆ですよ。
国が人を動かそうと思えば、職権や法律で動かせます。でも、地方自治は権限や職権で動かせることなんてたかが知れている。だからこそ理念をしっかり持って、区民の懐に飛び込んでいって、相談をして、納得をしたうえで理解してもらうような行政をやらなかったらだめ。理念のある政治は説得力があるんですよ。だから大新聞だけが報道じゃない。どうぞ、都政新聞さん、頑張ってください。
—ありがとうございます。政治家としての理念と行政の長としての理念では、違いがありますか。
西川 ありますね。政治家の理念は一人じゃ達成できない大きい理念です。政策じゃないんですよ、理念は。だから派閥ができる。理解させなければなりませんからね、できるだけ多くの人に。
ところが行政の長の理念は、知事や村長など規模の大小はあっても、理念そのもののバリューは一緒だと思います。都は規模が大きいから理念が大きいということはない。それは行政の量の問題であって、質の問題ではありませんからね。
だから私は小池百合子知事に堂々と物が言えますし、友情は友情として続けられます。小池知事が私から学ぶことがあるかないかはわからないけど、少なくとも私との対話は続けていく気はあると思います。十何年と都政を見てきた者として、小池知事が今、ものすごい孤独を味わっているであろうことは、容易に想像がつきます。ですから私はへつらうのではなく、提言できると思っています。
—そういえば、広報の方も女性ですし、荒川区は女性の管理職の方が多いようにお見受けします。
西川 純粋に荒川区で育った女性管理職は12人かな。昨年度の時点で、23区の中でも女性管理職の割合はかなり高いほうです。そういうみなさんがバリバリ仕事をしてくださるので、やりやすいです(笑)。
<プロフィール>
にしかわ たいいちろう
昭和17年(1942年)荒川区生まれ。早稲田大学商学部卒。東京都議会議員4期16年、衆議院議員3期10年4カ月。この間、防衛政務次官、教育改革国民会議国会議員代表、経済産業大臣政務官、経済産業副大臣を歴任。平成16年11月14日荒川区長に就任(現在4期目)。平成23年特別区長会会長に就任(現在4期目)。平成25年住民の幸福実感向上を目指す基礎自治体連合(通称:幸せリーグ)会長に就任
タグ:荒川区長 ゆいの森あらかわ 改正都市公園法 幸せリーグ