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NIPPON★世界一 The86th2016年12月20日号
日本にある世界トップクラスの技術・技能—。それを生み出すまでには、果たしてどんな苦心があったのだろうか。
世界的に見ても都市機能が集約している東京において、緑化は欠くことのできないテーマである。これからの都市開発において光明となる可能性を秘めた“ありそうでなかった”研究開発が、都の農林水産振興に関する事業を担う東京都農林総合研究センター(通称、農総研)を中心に進んでいる。
(取材/種藤 潤)
今夏、東京ビッグサイト周辺に立ち寄った方は、その存在に気づいたのではないだろうか。樹木の緑と木材のブラウンが、無機質になりがちなビッグサイト周辺の景観に、うるおいを与えてる木製のベンチ。アラカシやシラカシなどの樹木を中心に配した、その円状のベンチの数は40基。組み立て式で、底部には車輪がついており、移動も比較的容易だという。
緑化による生理・心理的な効果もさることながら、そこにできる木陰に座ることで、日差しが遮られる避暑効果もある。さらに、ベンチの背面上部からは霧状の水が吹き出し、周辺を涼しくするという。
「さすがに真夏は座る人はさほど多くありませんでしたが、9月の日差しが強い日にはけっこう利用者がいました。まだまだ改善点はありますが、現場で使ってもらえる可能性を感じました」
研究開発を中心的に行ってきた、農総研の緑化森林科・緑化担当の佐藤澄仁主任研究員は、この取り組みに確かな手応えを感じたようだった。
都市緑化と同時に2020年の避暑対策にも挑戦
専門的に表現すれば、「環境にやさしい樹木の緑陰効果や蒸散効果を活用した、熱環境制御技術による、都市部の暑さ緩和効果実証」。樹木の持つ環境緩和機能の評価を手がけてきた群馬大学と、ベンチなどを企画製造するメーカーともに、東京の新たな都市緑化のプロジェクトとして、3年ほど前にスタートした。
「都民の皆様からは、都市緑化はどんどん進めてほしいという声をいただいています。しかし、緑化できるスペースは、緑化が必要な都市部であればあるほど限られている。ここ数年、都市部でも大型コンテナに樹木を植える事例が目立ってきていましたが、移動できるならより使いやすいと思ったんです。また、2020年には東京五輪が開催されます。しかも真夏。その際の暑さ対策を考えるうちに、木陰で休めるベンチをつければいいと思いつきました」(佐藤さん)
可搬式緑化コンテナと、避暑対策のベンチ。ひとつひとつは決して新しいものではないが、それを組み合わせるという発想は、ありそうでなかったものだ。
「最初のモデルは、本当にベンチと樹木を組み合わせただけの構造でした。それを元に検証を重ねながら、霧状の水を出せばもっと涼しくなるのではないかなど、アイデアを出して具体的な機能を加え、現在の3タイプのモデルができあがりました」(佐藤さん)
車いすでも利用できる構造都の木材にもこだわる
木陰になる樹木とベンチの大きさのバランス、都市生活にマッチするデザイン性、ベンチとしての座りやすさ、噴霧する霧の加減、子供が座っても怪我をしない安全性、可搬式とするための折りたたみ法、移動時の重さ、操作性……配慮すべき点は多岐にわたる。さらには、2020年を見据えて、車いすでも利用できるなど、ユニバーサルデザインも重視している。
また、普及拡大を図る上ではコスト面も考慮しなければならない。そうなると、比較的安価な海外の木材を使いたくなりそうだが、このプロジェクトでは、国産、特に東京都産の木材を使用することにこだわった。
「都市緑化がこのプロジェクトの大きな目的ではありますが、東京にも森があり、木材を産していること、またその有効性も伝えていきたいと思っています」(内田敏夫副所長)
広告媒体や携帯電話の電源スポットとしても
農総研の前身は、都の農業試験場。組織再編に伴い、都の農林水産部と連携する外郭組織となり、その後、畜産、林業、食品研究、そして緑化対策などの機能が統合された。東京の地元木材利用の理解推進もまた、農総研の重要な役割なのだ。
「奥多摩を中心に、東京は今でも林業が生きている街です。その有効活用の事例として、このベンチの存在を広く知ってもらえたらうれしいですね。また、東京は植木生産が盛んな地域でもあり、現在も多くの植木生産者が残っています。その植木をこのベンチに使用することで、植木の街・東京もPRしていきたいと思っています」(内田副所長)
ベンチに木材を使用したことは、想定外の効果も生み出した。樹木の遮熱による体感温度は、石油製品の材質より低いこと、また、無垢の木材の吸熱効果により、ベンチの表面温度の上昇を抑えることも実証されたという。
さらには、人が集まる「場」という観点から、新たな活用法も見えてきた。
「人が集まる場所であれば、広告の効果が期待できます。ベンチの背面上部などに広告出稿を募り、その利益をベンチの運用に当てようと思っています。また、電源も供給し、携帯電話や電動車いすなど充電スポットにもなることも考えられます。まだまだこのベンチにできることがたくさんあると思っています」(佐藤さん)
世界的に見ても、このような緑化×避暑対策の事例は、ほとんどないという。より実用性の高いモデルを完成させることで、2020年には東京が先進的な緑化都市として世界から評価される可能性は高い。
タグ:東京都農林総合研究センター 都市緑化プロジェクト