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仕事に命を賭けて Vol.1002016年10月20日号
警視庁 健康管理本部
メンタルヘルス担当臨床心理士
三宅 清美
文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。一般の人にはなかなか知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットを当て、仕事への情熱を探るシリーズ。 今年4月、警視庁は熊本地震の被災者の不安の軽減や心のケア等を目的に、「警視庁きずな隊」という専門部隊を編成し、106人を派遣した。その一員として現地で被災者の心を癒しつつ、隊員の心のケアも担った、メンタルヘルスのスペシャリストに話を伺った。
(取材/種藤 潤)
被災者だけでなく職員の心理ケアも大切
「まさか熊本でこれほどの大地震が起こるなんて、思ってもいませんでした」
これは熊本地震の被災者が語った言葉でもあり、同時に今回取材した三宅清美氏の言葉でもある。三宅氏は熊本県出身。大地震は九州でなく関東で起きるものだと思い込んでいた。その感覚は、そのまま熊本の人にもあてはまっていた。
「被災した皆さんは、もちろん厳しい状況で大きな心理的負担があったと思います。しかし、前向きな方も多く、むしろたくましさを感じました。一方で、きずな隊の隊員たちの心のケアも重要だということがわかりました」
熊本地震や東日本大震災のような大災害の場合、食料調達やインフラ整備など物理的支援も重要だが、被災者の心のケアも大切である。その対応を行う専門部隊「きずな隊」が東日本大震災の際に創設、熊本でも再編された。そして熊本では、女性警察官を中心に、三宅氏をはじめとする心のケアの専門家も帯同した。
「通常は、心に問題があるという自覚がある人、またはその周囲の人々が、能動的に相談に訪れます。しかし被災地では、私たちから声をかけるのが基本。でも、声をかけても断られることもあります。それでも隊員たちはめげずに声をかけ続けていました。そういう人のほうが心に問題を抱えていることが多いのです。そしてまた、隊員たちの心の負担を和らげるのも、私たちメンタルヘルスの専門家の重要な仕事のひとつでした」
周囲とのつながりが人の心を強くする
三宅氏が所属する健康管理本部は、臨床心理士のほか、産業医や保健師、栄養士、臨床検査技師、健診計画担当者など、約60名の体制で、警視庁に所属する職員のあらゆる健康状態のケアを日々行っている。
「相談室には、1日10数人が訪れています。だいたい1人1時間、長い人だと2時間ぐらいかかります。必要に応じて、医療機関を紹介することもあります」
警視庁職員という仕事柄、日常業務自体に心の負担がつきまとうことが多そうだが、職員たちはタフだと、三宅氏は言い切る。
「さすが警視庁職員、みなさん、精神的に強いようです。仕事そのものではなく、むしろ職場が定期的に変わることや、人間関係で悩むことが原因となっている印象が強いです」
基本的に三宅氏は、相談者の話を聞き、その人に寄りそう。そしてその人の心の力を信じる。できることはそれだけだと言う。
「結局、その人の気持ちを私が変えられるわけではありません。でも、人は間違いなく精神的な困難を乗り越えることができる。その大きな力となるのは、周りとのつながりを持つこと。周囲と支え合える信頼関係が築ければ、人は心を強く持てるようになるのです」
熊本の経験を東京の防災でも活かす
日常でも、熊本の被災地でも、警視庁の職員たちの心のタフさを感じた三宅氏。それはこれからの東京の街の安全を支える、大きな力になると期待する。
「きずな隊の隊員のほとんどが女性(約8割)でしたが、彼女たちは熊本での経験を、東京でも活かそうと懸命でした。おそらく東京で大地震が起こったら、熊本以上の被害が出るはずです。その時にどうするかを、前向きに経験から学ぼうとしていました。東京の街は自分たちが守る、という意識を強く感じましたね」
“強い警視庁。優しい警視庁”を合言葉に、きずな隊は被災地で活動してきた。そしてそれは、いざという時の東京でも活かされる。隊員たちが少しでも心の負担なく働くことのできる環境を整えるのが自分の仕事だと、三宅氏は言う。
「私も熊本での経験を東京に活かすために、同じ部署の後輩たちに経験を伝えていきます。タフな職員でも乗り越えられない時こそ、私たちを頼りにしてほしい。あらゆる状況で心理的にどのように対応をすればいいかを解明しつつ、庁内の職員たちと私たち健康管理本部が、一層強いつながりを持てるようにしていきたいと思います」
- 【プロフィール】
- 1959年熊本県生まれ。都内の大学で教育心理学を専攻し、1983年に警視庁に入庁。以後、現職として警視庁に所属する職員の心のケアに応じてきた。今年4月に発生した熊本地震に対し、庁内で編成された被災者の心のケアの専門部隊「きずな隊」の第3次部隊に、メンタルヘルスの専門家として帯同した。
タグ:警視庁 きずな隊