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仕事に命を賭けて Vol.962016年06月20日号

 

海上自衛隊 護衛艦 やまぎり艦長 2等海佐
 大谷 三穂

 文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。一般の人にはなかなか知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットを当て、仕事への情熱を探るシリーズ。今年、女性初の護衛艦艦長が誕生した。女性幹部の一期生であり、常に「女性初」を経験。だが自身が注目されるよりも、女性の後輩たちの活躍を第一に考え、「女性初」に挑戦し続けてきた。そのことが今日の女性海上自衛官の活躍の土台を作り上げてきたのは、言うまでもない。

(取材/種藤 潤)

女性艦長の誕生自体が自衛隊が平等であることの証

艦艇の先端・艦首付近から撮影した護衛艦「やまぎり」の全容。

艦艇の先端・艦首付近から撮影した護衛艦「やまぎり」の全容(右端)。全長137m、高さ14.6mにも及ぶ

 「女性だから苦労したと思ったことは……本当、ないんですよ。むしろ、性別を超えた仲間ができ、一緒に楽しい時間を過ごしてきたという感じです」

 「女性自衛官として苦労したことは」。おそらくこれまで幾度もされたであろう質問に、大谷三穂艦長は少し申し訳なさそうに答えた。

 4万人を超える海上自衛官のなかで、艦艇の長の職務に就けるのは140人程。特に海自の主力艦艇である護衛艦の艦長といえば、極めて狭き門である。

 その職務である護衛艦「やまぎり」のトップとして、約200人の自衛官を率いる。そのほとんどが男性であり、なかには先輩自衛官もいる。彼らを統率する女性とはどんな人物か? 実際に会ってみると、男勝りということでもなく、女性を押し出すでもなく、極めて自然体の人物だった。

 「自衛隊は確かに男性中心の社会ですが、見方によっては男女平等が徹底しているといえます。ここでは階級がすべてです。艦長であれば、性別、年齢を問わず、その指示に従う。それはどの自衛官にも浸透しています。だからこそ組織が統率できる。そして何より、同期と同じ時期に、女性の私が艦長になれたことが、自衛隊という組織が平等であることの証です。そういう場で女性として働けるのは、とても幸せだと思います」

 

海洋任務中は24時間気が休まることはない

護衛艦「やまぎり」の艦橋内部の様子

渡航時に大谷艦長の定位置である艦橋(指揮所)内部の様子。ここで艦艇全体を把握しながら、各隊に指示を出す

 護衛艦とは、海上自衛隊が所有する警備艇の一種で、機関砲やミサイルなど戦力を所有し、ヘリコプターも搭載する。出港後は24時間体制でレーダーや探知機、目視などで海上、海中の不審船などを哨戒、常時対応できるよう待機する。一方、入港時は艦艇の整備や補給、広報活動を行うのが任務だ。

 護衛艦は、主に3つの分隊で編成される。ひとつは、ミサイルや機関砲など武器の取り扱い。もうひとつは、レーダーや無線通信、航海や気象観測。もうひとつは、エンジン部や発電機などの維持管理。これに経理や給食、衛生面を担当する隊、哨戒機などを担当する隊が加わり、それぞれに隊長が配置。それらを統率するのが、艦長である。

 「艦長の仕事は、出港時は主要な3分隊を中心に運用が的確に行われ、安全な状態で渡航しているかを把握します。同時に、海上訓練時の隊員の練度の向上も図ります。そのため、24時間ほぼ気が休まることはありません。

 一方、入港時も文書決裁や海上訓練計画など、出港時に行えないデスクワークに追われます。そして広報活動も入港時の大事な任務。今回の取材もそのひとつです」

 ちなみにこの日は、この取材も含め、朝から夕方までずっと取材だったそうだ。

 

後輩たちのために女性初を担ってきた

 それでも冒頭で語ったとおり、これまで女性だから苦労したと感じたことはほとんどないという。

 「艦長に限らず、護衛艦の任務はきついと思います。それは性別というよりも、人としての適性のほうが大きいと思います」

 とはいえ、大谷艦長に適性があったかというと……実は入隊前は、一般大学に通う普通の女子大生。ある日、テレビで映った湾岸戦争の風景を見て、世の中のためになりたいと思い立ち、新聞広告の防衛大学募集を発見し、応募。女性幹部候補第一期生として海上自衛隊に入隊した。以来、今回の艦長をはじめ、海上自衛隊の「女性初」を常に経験してきた。

 「『女性初』ということで注目される機会が多かったですが、自分のことより、後輩たちのことを意識していました。私の評価が低ければ、女性はダメとレッテルが貼られ、後輩たちの活躍の場が狭まってしまう。その重圧が一番大きかったです」

 それでも、護衛艦艦長は常に目標だった。それを達成した今、大谷艦長はさらなる女性自衛官の活躍のために、「女性初」艦長の地位確立に挑んでいる。

 「これまでもそうですが、女性艦長ということで、男性自衛官のほうが意識することも多いと思います。ですから私から積極的にコミュニケーションをとり、信頼関係を築いていきたいですね」

 

【プロフィール】
1971年大阪府生まれ。防衛大学に入学後、1996年に幹部候補生として海上自衛隊入隊。練習艦「なつぐも」を皮切りに各種艦艇で経験を重ねる。「あきぐも」では航海長を担当。途中、海上幕僚監部人事計画課に着任。2011年には護衛艦「あさぎり」船務長兼、女性副長に。2013年には練習艦「しまゆき」で艦長に。電子情報隊研究指導科長兼副長を経て、2016年2月より現職。

 

 

 

 

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