HOME » トップインタビュー一覧 » トップインタビュー Vol.102 株式会社白井コーポレーション代表取締役 白井知宏さん
1 The Face トップインタビュー2016年06月20日号
株式会社白井コーポレーション代表取締役
専業大家・DIYアドバイザー
白井知宏さん
大学卒業後、日本IBMに入社。類稀なる才能で若手時代より数々のプロジェクトを成功に導くも、47歳の時に担当していた事業部で過去の事故が発覚。出世コースから外れた。人生の後半を考え、サラリーマン時代から不動産投資活動を開始。退職時には家賃年収5000万円以上を確立した。今や専業大家として超多忙を極める株式会社白井コーポレーション代表取締役、白井知宏さんにお話をうかがった。
(インタビュー/津久井 美智江)
不動産投資の成功の秘訣は、信頼できる仲介者との出会い。
—IBMに勤めながら、不動産投資を始められたきっかけは?
白井 40代半ばまで、自分で言うのもおこがましいんですが、すごく順調に出世していたんです。アイディア一つですごいビジネスになって、お客様もビジネスのスタイルを変えられる、そんな楽しいプロジェクトにもたくさん参加していました。
ところが47歳の時、僕の担当していた事業部で過去の事故が発覚して……。
—出世コースからは外れたと。
白井 はい。そんな時、80歳まで現役で和菓子屋をやっていた父親のことを思ったんです。僕も80歳まで現役でいることを考えたら、47歳で失脚してしまっているサラリーマンでは人生後半のプランが立てようがない。
それで、見様見真似で株をやってみたり、FXをやってみたり、投信をやってみたりと、サラリーマンをやりながらできそうなことをいろいろ勉強している中で、不動産との出会いがあった。たまたま不動産だけうまくいって、2年ぐらいサラリーマンをしながら大家業をしていたら、例の問題もきれいに片づいて、晴れて事業部長から降格した(笑)。
それまでは朝7時半に会社に行って、夜10時ぐらいまで働いていて、それから飲みに行って、タクシーで帰る。ずっとそんな生活だったんですが、晴れて副事業部長になってみると、部下もいませんから9時から6時まで働けば仕事は全部終わっちゃう。給料もあり、不動産収入もありの状況なので、やりたいことはできるし、休暇も取れるし、これはなかなかいいと。それから1、2年準備をして、51歳の時に第2の人生、不動産賃貸業をスタートしました。
—不動産を買うにしても、資金が必要ですよね。お手持ちがあったんですか?
白井 全部融資です。銀行にもいろいろあって、自分のお金が全くないと貸してくれませんが、「お金はあるけどこのお金は使いたくないから全額貸して」と言うと貸してくれる銀行がある。なので、僕はあるように見せながら、全額お借りしました。
—不動産がうまくいった秘訣は何だと思いますか。
白井 私のケースは、「この人だったら信用できる」「この人と一緒にやって失敗したらしょうがない」と思える不動産の仲介の方に出会えたことですね。若い人なんですけど、その人に自分の気持ちとか、プランとか、自分の資産の内容とか、全てをお伝えして、それにミートした物件をプロの目で探してもらい、銀行も紹介してもらって、一緒にやっていたのがよかったんだと思います。
—なるほど。やはり信頼は大事ですよね。
白井 それはね、前提条件。ですから僕は、彼から連絡があったら、何があっても24時間以内に買う買わないの返答をしました。いい物件はタッチの差で手に入らないですから。その繰り返しで、買って買って買って買って、やっと25億円の資産になり、今は大きめの新築マンションを造る時に自己資金を入れるために、6、7年前に買った物件をお譲りするタイミングです。
サラリーマン大家20人で、家賃収入は50億円。
—不動産賃貸業とサラリーマン時代の仕事は、全く違う気がするんですけど。
白井 例えば会社で1000人のプロジェクトがあるとすると、全体のマネージをする人がいて、プランを作る人がいて、採算が合うようにコントロールする人がいてと、みんなでプロジェクトを動かしているわけです。
不動産賃貸業も全く一緒で、例えば20年、30年のプロジェクトで儲かるか儲からないかの試算をしながら事業プランを作る人がいて、物件を取得した後は、管理してもらう人、掃除してもらう人、入居者を募集してもらう人がいる。それぞれが機嫌よく円滑に動いていないと、空室になってしまったり、思わぬ事故が起こったりしてしまいます。
業種は違うんですけど、やらなければいけないことはすごく似ていると思います。
—3月に「元外資系サラリーマンの家賃年収『1億円』構築術」という本を出されて、すごく売れているそうですが、タイトルはどなたが考えたのですか。
白井 編集者の方と私とでいくつか案を考えて、川島塾の経営者であり塾長の川島和正さんに選んでいただきました。
—川島塾というのは何なんですか?
白井 インターネット・テクノロジーを使って、ビジネスで成功している30代、40代の若手経営者が年6回、2か月周期で集まる塾です。アイディアは柔軟だし、情報量は多いし、むちゃくちゃ前向きなので、3、4人でご飯食べながら雑談していると、新しいビジネスが1つ生まれるくらいです。
—面白そうですね。そこではどういう役割をされているのですか。
白井 僕も塾生で、みんなと同列。60歳の方がいるので、2番目の長老です(笑)。
—また新しいことを始めようとされているのですか?
白井 僕は目標をいっぱい作って、その目標を実現していくのが好きなんですよ。
会社を辞めてから3か月間は自分の物件を買うことにすごく集中していたんですけど、ふと友達にも不動産賃貸業のことを教えて、サラリーマン大家にしちゃおうと思ったんです。それで、サラリーマン大家になったほうがいいと思える友達をピックアップして、順番に会いに行った。最初の年は20人のサラリーマン大家を作ろうと思って、結果的に初年度、2013年は19人大家になったんです。私も含めて20人で、一年で50億円分の不動産を購入しました。
—みんなで一緒に買ったのですか。
白井 個人個人です。50億円分の家賃収入というと5億円ぐらいで、手元に残るのが約2億円。20人で2億円ですから一人1000万円、給料がありながら毎年収入として入ってくるわけです。このビジネスモデルが作れたので、その人数を増やしていこうと、14年は20人、15年、16年は30人に大家になってもらって、今は70人の昔の友達がサラリーマン大家をしてくれています。
今後も継続していくつもりですが、困った時は相談に乗ってくれるし、うれしいことは共有できるし、一緒に飲みに行ってくれるし、一緒に遊んでくれる。お金に余裕があるからできることなんですよね。
人生80年。第二の人生を考えて、40代から準備を始めるべき。
—目標を作って、それを実現していくのが好きということですが、今の目標は。
白井 僕は時間を3つに区切って考えているんです。3分の1は本業である不動産賃貸業、自分の物件を造るとか買うとか売るとか管理する。3分の1は先ほどの川島塾も含め、旅行に行ったり、スキューバダイビングをしたり、山登りをしたり、自分の勉強のために使う。残りの3分の1は毎年30人の友達を大家にする。すでにスタートしてくれた友達がうまく不動産賃貸業を拡大できるためのお手伝いをする。この3つをうまくやり繰りすることでしょうか。
僕はお金だけが人生の目標じゃないんです。やりたいことはやる、行きたいところには行く。自分の価値観で自由にお金を使えるようでありたい。お金がないから諦めるという選択をしたくないんですよね。
—そんなふうになりたい(笑)。
白井 具体的な目標としては、2020年に娘二人それぞれに不動産の会社をあげると約束しています。オリンピックの年ですし、長女が結婚すると決まったのが2015年だったので、5年ぐらい経たないとうまく行っているかどうか分からないでしょ(笑)。
何でそうしようと思ったかというと、僕が就職したのが22歳で、25歳で結婚したんですけど、普通に息してたらなくなっちゃうくらいの給料しかもらえないんですよ、就職してすぐは。
—天下のIBMでもですか。
白井 そうですよ。飲みにいったりして使っちゃうからね。そういう苦しい中で生まれた娘なので、彼女たちには希望が持てる未来を描いてほしいと思ったんです。給料だけだとここまでしかできないけど、副収入があったらこういうこともできるとか。
—お金の有る無しで諦めないでほしいということですね。例えば子どもも一人で我慢するとか。
白井 そうなんですよ。僕自身、お金の余裕があったら3人目、4人目がほしかったなと思っているので。それに娘たちの世代は年金の問題も抱えているし、僕たち世代の介護の問題も抱えています。そういう問題に対応するためには貯蓄をしなければと、夫婦二人で働く人生プランを作ってしまうと、さらに子どもは作れませんよね。
—少子高齢化をなんとかしなければと言っていますけど、まずは経済ですよね。
白井 その経済的な縛りをちょっとだけ緩めてあげたいと思って、長女用の会社、次女用の会社を作って、すでに株も譲渡して、準備万端整っています。
僕はサラリーマンとして人生スタートして、51歳で独立しました。人生で言うと二期作目で、まだ3年半ですから、初心者というか新人。失敗しても大丈夫と思っているので、けっこう楽しんでいますけど、60歳の定年まで会社にいると決めている同僚はその先のプランを作っていなくて、55歳になって慌てている人がけっこういます。
80歳まで現役と考えると、51歳がちょうど中間じゃないですか。第二の人生を考えるなら、体力も気力もある40代から準備を始めたほうがいいと思います。この本を書いたのは、そういうことに気づく人が少しでも増えたらいいなと思ったこともあるんですよ。
—とても勉強になりました。専業大家を目指す人が増えそうですね(笑)。
<プロフィール>
しらい ともひろ
1961年生まれ。神奈川県出身。84年学習院大学経済学部を卒業後、日本IBM(株)に入社。2000年、事業譲渡によりAT&Tグローバルサービスに転籍し取締役を務める。3年後、再度日本IBMに転籍するが、51歳にて早期退職、専業大家としての道を進む。大家さん、大家さんを目指す皆様のコミュニティ「The Club」を創設運営し、会長としてリード。現在までに100人以上の成功者を導き出している
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