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1 The Face トップインタビュー2015年12月20日号
株式会社東急ホテルズ 代表取締役社長 高橋 遠さん
東京急行電鉄入社後、30代で当時の社長、五島昇の秘書を務める。「厳しい境遇に置かれている人を大切にすることが大事」という教えを胸に、財務、都市開発などの事業に携わってきた。2012年、東急ホテルズの社長に就任すると1年で黒字に転換、今年4月には5つあったブランドを3つに再編した。2020年東京五輪後を見据えて成長戦略を進める株式会社東急ホテルズ代表取締役社長、高橋遠さんにお話をうかがった。
(インタビュー/津久井 美智江)
今年4月、ブランドを再編
夏には二子玉川とUSJにホテルが誕生
—今年4月に5つあったブランドを3つに再編されましたが、どのようなねらいがあってのことでしょうか。
高橋 私が東急ホテルズの社長に就任した2012年の4月当時、直営のホテルが37カ所、フランチャイズのホテルが8カ所あって、「東急ホテル」「エクセルホテル東急」「東急イン」「東急リゾート」「ホテル東急ビズフォート」の5つのブランドを展開していました。
ざっと見渡してみると、名称は違ってもレベル的には似たようなホテルがあったり、東急リゾートと称する名前に「ホテル」とついていないリゾートホテルや、リゾートホテルではあるけれども「東急ホテル」と称するホテルがあったりと、お客様に混乱を与えているのではないかという思いがありました。
それで、リゾートホテルはラグジュアリーホテルの一角ということで「東急ホテル」に統合し、また、「エクセルホテル東急」は、シティホテルの位置づけとして引き続き存続させました。
問題は40年以上にわたってその名称、ブランドを使ってきた「東急イン」をどうするかということだったのですが、「ホテル東急ビズフォート」というブランドがビジネスホテルの上級タイプということで「イン」ブランドに近く、いずれもビジネスホテルの上級タイプということで、新たなブランド「東急REI(レイ)ホテル」に一部を除き集約しました。
長い間、使っていた名前を変えるのは勇気がいりましたが、お客様が増えている時だったので、さほど大きな影響はなく、うまく移行することができたように思います。これは結果論ですけどね、ちょっとドキドキしていました。
—「東急イン」は「イン」の草分け的な存在で、とてもなじみがあります。
高橋 私たちでさえ今でも思わず「東急イン」って言ってしまうことがあって(笑)。まだまだ浸透しているとは思いませんので、今後この名称をじっくりとご利用になるお客様をはじめ、多くの方々に認知していただくことが課題だと思っています。
—今年の夏には「二子玉川エクセルホテル東急」と「パークフロントホテル アット ユニバーサル・スタジオ・ジャパン®」がオープンしましたが、特に二子玉川は再開発ということで、壮大なプロジェクトでした。ホテルの構想は最初からあったのですか。
高橋 二子玉川の再開発に当たっては、まず都市計画が作られ、それに基づいて事業計画を作るわけですけれど、「世田谷にはシティホテルがないからホテルを造ってほしい。ホテルを造るならぜひ宴会場もお願いしたい」と、地元からも強いご要望がありました。
二子玉川に限らず、地方でホテルを造ろうとすると、地元の方はぜひ宴会場をとおっしゃいます。お気持ちはわかるのですが、ホテル側としては、宴会場が毎日埋まるとは限りませんから、事業採算を考えると、難しいという気持ちが先に立つものです。
結果的には、住宅だけでなくオフィスも含めた集客施設ということで、ホテル以外にもシネマコンプレックスやスポーツクラブ等が入ることになりましたが、構想の段階から33年かかりました。やっぱり開発業というのは大変だと肌身に感じました。
—都心から離れている二子玉川にあって、ホテル需要の見込みはあったのでしょうか。
高橋 7月17日に開業して以来、7月、8月は家族連れの方、9月からは平日はビジネス関係の方にお泊まりいただいております。それから週末は今、都心ではなかなか泊まれないということもあって、80%以上の稼働率が維持できています。
外国のお客様に地方を訪れていただいて、地方を創生させる。
—東京では今、ホテルが取れないといわれていますが、2020年に向けて改善されていくのでしょうか。
高橋 政府は2020年に外国人旅行者を2000万人にする目標を立てていますが、今年は1900万人から1950万人ぐらいまでいきます。このペースでいけば来年には達成できるでしょう。これを2500万人とか3000万人という目標にするものと思いますが、ホテルはもっと足りなくなります。
当社は今、38カ所直営のホテルがありますが、外国人の宿泊率はけっこうまだらなんですね。東京、名古屋、京都、大阪あたりのいわゆるゴールデンルートをはじめ、札幌や福岡といったところは外国のお客様の宿泊率が30%を超えて、特に東京都心では50%を超えているホテルもありますけれども、地方に行くとまだまだというところがあります。
政府が地方創生をうたっていますが、大都会ばかりではなく地方のいろいろな情報を発信して、外国のお客様に地方を訪れていただくのも一つ解決策だと思います。また、できる限りホテルの数を増やす、新規の出店をするということも努力しなければならないと思っています。
—近年、外資系のホテルが次々に都心に進出していますが、日本を代表するホテルのブランドとして、どのように対抗していこうとお考えですか。
高橋 外資系ホテルというのは、名だたるラグジュアリーホテルのことですね。そういうホテルが出店するということは、その土地の力がすごくあるという証左だと思いますから、そういう土地で、そういう外資系のホテルと対抗して一生懸命がんばるというのは、一つの目標にはなると思いますし、いい刺激になるとも思います。
—なるほど。その街が評価されたからホテルが進出したのですね。
高橋 そう思います。
それから、2020年ということですけれども、おそらく2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向かって、外国の方の数が相当増えるのは間違いないと思いますが、今現在、多くの外国人が日本に来られているのはオリンピックがあるからでないと思います。
日本ブームというと語弊があるかもしれませんけれども、そのへんの環境づくり、土壌づくりをすれば、観光立国として2020年以降も十分にやっていけると思います。またそうあらねばならぬと思います。
しかし、日本に来られる外国人の数は世界的に見るとまだまだ少ないですよね。立地上の問題もあると思いますけれども、もう一回行きたいという気持ちを持っていただけるような対応、いわゆるおもてなしができればと思いますね。
旅行者は時間との戦い。
充実したプログラムを提供したい。
—おもてなしとおっしゃいましたけれど、まさに外国から来られた方の行動の拠点となるのがホテルです。みなさまのおもてなしがすごく大事だと思います。
高橋 日本人が基本的に持っている気質そのものが、外国人にとってはおもてなしになっている気がしますね。もちろん、当たり前の教育はしますけれども、あまり差し出がましいことをやるとかえっていけないところもあります。従業員(アソシエイツ)には、とにかくニコニコ元気で明るく働くようにと言っています。
—外国の場合、ホテルはコンベンションでけっこう利用されますね。その時に問題になるのがエクスカーションだと思うのですが、その辺のサポート体制はいかがしょう。
高橋 旅行者というのは、食事の時間、ショッピングの時間、見学の時間……時間との戦いなんですが、充実した旅行期間を送れるプログラムができるかできないかということは非常に大切だと思います。せっかくの大事な時間ですから、もうちょっとフレキシブルに芝居やオペラ、ミュージカルなどを観てというようなことができるといいですね。ただ、採算が取れないと難しいのですが。
—セルリアンタワー東急ホテルに能楽堂がございますね。能楽堂はお能と狂言しか使い道がない空間ですから、採算を考えたら画期的なことだと思います。
高橋 コンベンションとかMICE(マイス)などの会議の空き時間に、能楽堂を見学していただくと非常に喜ばれます。特に、外国から来られた方は、すごく感激されますね。それから、能楽堂は結婚式などにも使えるようにしています。靴や素足はダメですが、足袋か靴下かさえ履いていただければ舞台に上がっていただいてもかまいません。
—新郎新婦が揚幕から橋掛かりを通って出てくるのですね。すばらしいです。
高橋 残念なことに松濤にあった観世能楽堂がなくなってしまいましたので、こちらが渋谷唯一の能楽堂になってしまいました。日本の伝統文化を伝える貴重な空間として、大事にしていきたいと思っています。
二子玉川もそうですが、街を開発する場合、ホテルの存在は欠かせません。今、渋谷駅周辺の再開発が進んでいますが、街全体で浮上していくような、ホテルのメニューづくりをしていきたいと思います。
—ところで、お若い頃、五島昇社長の秘書を務められたそうですが、薫陶は受けられましたか。
高橋 どうでしょうか。あれは30代のはじめの頃で、まだ役職もない平社員でしたから、ボディガード兼秘書みたいなものです。五島は私より小さかったですから、どっちが偉いか見てわかるようにしろとか、秘書をやっている間に太った人間は見たことないとか言われたものです(笑)。
ただ、五島の、当時の社長の謦咳に触れられたというのは、本当にありがたいことだと思います。「厳しい境遇に置かれている人を大切にすることが大事なんだぞ」とずいぶん言われました。
—いい時ばかりじゃないですものね。
高橋 そうです。「いい時はみんなチヤホヤするからいいんだ」と。人を思いやる優しさを非常に感じましたね。
<プロフィール>
たかはし はるか
1950年、東京都生まれ。74年、東京大学経済学部卒業後、東京急行電鉄入社。秘書室、財務部、都市生活事業本部、取締役などを経て、2012年4月、東急ホテルズ社長に就任。この夏には二子玉川エクセルホテル東急、パークフロントホテル アット ユニバーサル・スタジオ・ジャパン®をオープンした
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