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仕事に命を賭けて Vol.792015年01月20日号
航空自衛隊 浜松基地
浜松救難隊 飛行班長
大田垣 繁
文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。一般の人にはなかなか知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットを当て、仕事への情熱を探るシリーズ。昨年9月27日に発生した御嶽山火山噴火は、都民も決して他人事ではない災害として実感したことだろう。その災害の最前線である山頂からの救難搬送に携わった、浜松基地に所属する浜松救難隊。実際に現場に向かったパイロットから、話を伺った。
(取材/種藤 潤)
神経をすり減らし達成した御嶽山火山噴火の救難活動
晴天の絶景が一転、白煙に包まれ、その後の被害者の増加を見て、多くの都民が自然の力の大きさに衝撃を受けたことだろう。昨年9月27日に起こった御嶽山火山噴火は50名以上の犠牲者と、70名に迫る負傷者を出す大惨事となった。
しかしその数字の裏側には、迅速に現場に駆けつけ、いつ再噴火するかわからない状況の中、まさに“命がけ”で救難活動が行われ、多くの命が救われた事実がある。
その最前線とも言える山頂付近での救難活動に従事したのが、航空自衛隊浜松救難隊の大田垣繁3佐だ。要救助者1名を搬送すべく山頂に向かい、御嶽山近隣の松原スポーツセンターまで搬送した。
「水蒸気爆発が起きている状況でしたから、数分という短時間の中で搬送を終える必要がありました。また、火山灰は想像以上にエンジン等に付着し、ヘリコプターの性能の障害になるので、その面からも迅速さが求められました」
結果的には任務は無事に完了することができたが、操縦していた当人は緊張の連続だったと言う。
「移動距離や燃料の量、気象条件などから、ヘリコプターの性能限界に近い状況で活動しなければならず、そのコントロールが非常に大変でした。一歩間違えば我々も危機的な状況に陥る可能性もあったので、非常に神経を使いました」
航空機捜索や災害派遣に備え救難能力向上の訓練を実施(提供:航空自衛隊)
御嶽山火山噴火のような山岳地帯だけでなく、海洋地域での災害に対して空から救難に向かうのが、本来の救難隊の任務だ。墜落等した自衛隊航空機の捜索救助が主であり、それと並ぶ任務として災害派遣が掲げられる。
救難隊は全国10ヶ所に配置され、大田垣3佐所属の浜松救難隊は神奈川から三重の範囲が活動の中心となる。ちなみに、東京は百里救難隊が主に対応する。
「現場の救難は、各地域の消防や地元警察、海であれば海上保安庁が担うので、我々はそのサポートをするのが役割です。ただ他の省庁に比べ大型の装備を所有しているので、今回の御嶽山のような我々の装備でしか対応できない状況の場合は出動します」
いわゆる「最後の砦」の側面も持つ救難隊であるため、出動回数は少ない。浜松救難隊では昨年は御嶽山への出動1回だけだった。しかしそれでもいつでも出動できるよう、さまざまな現場を想定し、海や山で訓練を行っていると言う。
特に若手に経験を積ませチーム全体のレベルを上げたい
大田垣3佐は、飛行班長として飛行関係の隊員を取りまとめ、技術向上に向けた訓練を考える立場にある。
「救難隊のパイロットにとっては、もちろん操縦技術の向上も大切ですが、現場では同乗した隊員との意思疎通も重要です。訓練ではそうしたコミュニケーションの取り方にも注力しています」
救助機「UH―60J」には、機長と副操縦士に加え、現場で救助活動を行う救難員、場合によっては、その救難員を救難機から「ホイスト」を使用し上げ下ろしする機上整備員が搭乗。操縦技術の他に遭難現場及び周辺の天候の状況を把握しながら、救難員の進出方法や遭難者の救出方法を計画する能力もパイロットには必要になる。
そして、どれだけ訓練を積んでも、実際の遭難現場は明らかに異なる緊張感があると、大田垣3佐は断言する。
「我々が出動するということは、命がけの状況ということ。パイロットが操縦を間違えれば隊員全体の命に関わります。その緊張感は現場でしか感じられませんが、だからこそ日々の訓練も意味が出てきます」
後進を育てる立場の大田垣3佐は、特に若手に多く現場を経験させていきたいと、今後の展望を語る。
「大切なのはチームの総合力です。過去に経験した任務を訓練に生かし隊全体の救助能力のレ ベルアップを図りつつ、来る実任務に備えたいと思います」 その言葉には、救難隊パイロットして24年積み上げた重みが感じられた。
- 【プロフィール】
- 1968年広島県生まれ。1986年、高校卒業後に航空学生として航空自衛隊に入隊。2年の履修を経て防府、芦屋、浜松基地で練習機課程を経て航空救難隊に配属。以後回転翼(ヘリコプター)操縦士として浜松、秋田、小牧(救難教育隊)、松島、小松、那覇各基地の救難隊で勤務。2013年12月より現職。
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