NIPPON★世界一 (54)
●ビクターエンタテインメント株式会社
●渋谷区東1−2−20
●1972年設立
●従業員約320名(グループ全体/2012年7月現在)
KooNe
ビクターエンタテインメント株式会社
日本にある世界トップクラスの技術・技能-。それを生み出すまでには、果たしてどんな苦心があったのだろうか。
現代がストレス社会と言われて久しいが、そこに「音」が大きく影響していることは、あまり気づかれていない。今回取材した「音」のプロが着手した新サービスを見ると、その重要性が改めて見えてきた。
(取材/種藤 潤)
会議室に入った途端、その流れる「音」の違いに驚かされた。小鳥のさえずりや森の木々がこすれる音――こうした「森の音」は、すでにリラクゼーションサロンなどでもCD等で聞き慣れているが、明らかにそれらとは違う存在感が、この音にはある。
「小鳥の鳴き声がどこから聞こえますか?」
同社エンタテインメント・ラボ副長である榎本誠也さんの問いかけで、音に意識を集中すると、自分の身体の上のほう、といっても真上からとかではなく、上方一帯から包み込むように聞こえてくる。
「いわば間接照明の音版のようなもので、音が間接的に、かつさまざまな方向から伝わるようにしています。音は本来耳だけで聴いているのではなく、体全体で聴いているのです。そういう状況が乏しい現代で、そうした自然な視聴環境を作るのが、我々の新サービス『KooNe』です」
音のプロとして音の環境を整備する
『KooNe』とは、ハイレゾリューション(可聴域以上の周波数を含む音・以下ハイレゾと表記)による高音質自然音により、空間の聴覚環境を整備し、人間にとって心地よい音響空間を整備するプロデュース事業である。
「CDやMP3などのデジタル音源は、実は可聴域(人間の耳で音を認識できるとされる周波数)以内の音しか含まれていません。一方で森の中で聞こえる音や河川のせせらぎ、海岸の波など、自然が作り出す音は、可聴域以上の周波数を多く含んでいます。
これまでは可聴域以内の音しか人間は認識できないので、それで良しとされてきましたが、実は可聴域以上の音を聞くことで人体に良い影響が出ることが実証されました。その効果に音のプロフェッショナルとして着手しようと思った訳です。
それに加え、先に体験してもらった音の“伝わり方”にもこだわり、グループ会社であるJVC ケンウッドと共同で専用システムを開発し、いわゆる音の“間接照明”のように直接的ではない 音響環境をつくりあげ、自然の状況に近い音の“伝わり方”を整備できるようにしました」
“質”の高い音響環境はあらゆる場面にニーズが
音楽の“質”に関しては、諏訪東京理科大学の実験により、可聴域内のCD音源よりも、ハイレゾサウンドのほうが脳が活性化されるという実証データが出ている。
また同社では、社員に対しハイレゾサウンドを体感した際の自律神経の状態を測定。すると交感神経(興奮状態)の数値が落ち着き、副交感神経(リラックス状態)が優位になるデータが出たそうだ。
こうした人体をリラックスした状態にする “質”の音と、さらに自然に近い状態の“聴こえ方”を、ビジネスシーンに取り入れるのがこの事業である。
「特に近年、企業で働く人々はストレスが溜まりますから、休憩室などをプロデュースし、ストレスレスな空間を作ることで、企業のメンタルヘルスに貢献できると思います。また、リラックスするのが目的の商業施設などに活用していただくのもいいでしょう。さらに脳をリラックスさせることでアイデアが出やすくなる、仕事の効率が上がるなど、生産性の向上にも環境づくりで役立つことができると思います」
本来あるべき音を再び取り戻したい
プロジェクト立ち上げは約2年半前。きっかけは、世の中の「音」の悪化にあったという。
「CD音源の登場の影響が大きいと思います。これにより可聴域内での音源が一般化し、さらにMP3などより圧縮された音源が普及、音の質の低下が決定的になりました。
私はこれまで音響の開発に携わってきましたから、明らかにこれらの音は体全体で聴くという観点からはかけ離れていて、人体への問題が出てきてもおかしくないと感じていました。そうしたら、アメリカでは圧縮された音を聴き続けることで情緒が不安定になるという結果が出てきたりして、近年のストレス社会にも少なからず影響していると個人的に推測しました。
そんなとき、同じような考えを持ったメンバーが集められ、本来あるべき音を取り戻すプロジェクトチームが発足したのです」
本来あるべき音とは、かつてのアナログレコードの音質が近いという。それに近い状態の音を再現したハイレゾにより、人間として、生物として自然に音を聴く社会を再びつくりあげたいと、榎本さんは力を込めて語る。
「デジタル音源全盛の今、この事業の普及は決して容易ではありません。しかし私は、社会は本当の音を欲していると確信しています。実際すでに数社『KooNe』を体感し、その重要性を肌で感じ、導入を決めてらっしゃいます」
榎本さんの表情に、迷いはない。