情報を公開し、共有することが市民との信頼を築く
町田市長
石阪 丈一さん
昨年11月に小中学校の耐震補強をすべて完了、今年4月からは保健所政令市に移行、そして来年度からは市区町村としては初めて新公会計制度を導入するなど、スピードと決断力で地方行政をリードしている町田市。より良い市政を築くためには、情報を公開し、市民と共有して、お互いの信頼を築くことが重要であると確信している石阪丈一市長にお話をうかがった。
(インタビュー/津久井美智江)
全国の市区町村に先駆け新公会計制度を導入
―町田市では来年度から新公会計制度を導入されるということですが、東京都、大阪府に次いで3番目ということになるのでしょうか。
石阪 愛知県も導入するそうですが、市区町村では町田市が先陣を切ることになります。負担は大きいですが、後戻りはしません。今年の5月に企業会計としての会計基準を決めましたし、年末には新しい会計システムに従ったテスト入力もできますので、来年4月スタートは間違いないです。
―新公会計制度と、これまでの官庁会計との一番の違いはどこでしょう。
石阪 現金主義・単式簿記を特徴とする官庁会計は、ストックの表示の義務がなく、フローだけしか審査しませんが、発注主義・複式簿記の企業会計では、ストックを表示しなければならないという点です。企業でいえば、有価証券報告書をオープンにするのと同じで、企業会計を導入すると、支出をした後で、その支出の意味がなかったということが分かってしまう。官庁会計に慣れた人にとっては、隠し立てができない会計ということで、非常に重要な転換になります。
―今まで隠されていたストックとは?
石阪 例えば、税金を使って土地を買った、あるいは建物を建てたとしますね。それがどうなっているかということを表示する義務がない。使われていない、あるいはあまり活用されていない土地が市の所有地としてあるわけです。市民から見れば、税金で土地を買い、その土地が有効に使われていないとしたら、自分の納めた税金はなんだったのかとなりますよね。
町田市では、5年前から市のストックをきちっと市民に明らかにするという仕事をやっていますが、情報の公開ということも然ることながら、生きた使い方でなければ、税金を使う資格はないという私の考え方が基本にあります。役所の場合は、税金を徴収する強制力があるんですから、最後まで責任を負わないといけません。
企業会計に移行する時には、ストックがいくらあるかというところからスタートしますから、どこにいくらあるか分からないのではどうにもならなかったでしょうね。
―システムの変更などにお金がかかるので、なかなか浸透しないのかと思っていましたが、それ以前の問題だったのですね。
石阪 ソフトランディングできるように、現在の入力方式にプラスアルファする形でシステムを作っていますので、そんなに経費はかかりません。それに、毎日入力する際に複式簿記の要素の部分も入力するだけですから、慣れてしまえば日常の仕事でしょう。東京都はもう5年前からやっていますから、そんなに難しいことではないと思います。そうでないと、ほかの自治体に推奨できません。
今回の震災を教訓にして地域防災計画を見直す
―東日本大震災を経て、防災について改めて考えさせられたこともおありなのではないでしょうか。
石阪 町田市にも地域防災計画があったんですが、それを見ても何をしていいか書いていなかった。それぞれの場面において、具体的にどうするということを書いておくべきでしたね。
それと、今回は計画停電がありました。その情報を防災行政無線で市民に伝えることがたびたびあったんです。ところが、防災行政無線を設置した当初から土地建物の様相が変わっているために、一部では聞こえなくなったり、聞きづらくなった場所があり、市民の皆さんからご意見をいただきました。
―こんなことでもなかったら気がつかないですよね。
石阪 防災行政無線についてはいろいろ対応を考えたんですけど、すぐには解決できそうになくて……。最終的には地域FMみたいなものを使わないとうまくいかないだろうと思っています。
典型的な例でいうと、防災行政無線は大雨や洪水の時に放送されますよね。でも、雨がザーザー降っている時に窓を開けている家はそうありませんし、雨の音もあって聞こえにくい。防災行政無線で何か言っているなと思ったら、携帯ラジオのスイッチを入れると、停電していてもラジオから情報が得られるようなシステムが必要になると思います。
―今回の震災でラジオが見直されていますね。町田市にはミニFMはないんですか?
石阪 隣の相模原市には民間のコミュニティFM局があって、町田市のほとんどの地域で聞けるので、利用させていただこうかと考えましたが、地域によっては一部聞こえないところがあります。改善策として中継のアンテナを立てたいと思ったのですが、都道府県をまたいではできないらしいんですよ。
―確かに、町田市は大和、相模原、横浜、川崎と、周りは全部神奈川県ですね。
石阪 この間、石原都知事に会った時に、冗談で「あ、おたくは神奈川県だっけ」と言われたくらいで(笑)。
今回の震災では、防災の情報伝達を、機器を含めどうするかということ、帰宅困難者対策、それから東京都の補正予算にもありましたが水の備蓄など、細かく見ていくと見直さなければならないところがありましたね。
―「過ちては改むるに憚ることなかれ」です。
石阪 そうですね。ただ、5年前に私が市長になった時に、10年計画だった小中学校の耐震補強を5年でやったんです。すべて終わったのが去年の11月。ちょっとお金はかかりましたが、備えあれば憂いなしということで、特にクレームなどは来なかったですね。
地震対策は、多少お金がかかっても、早め早めにやらないといけないと思っています。
先日、岩手県陸前高田市への食料物資支援活動に同行する形で、戸羽太市長に対して、被災のお見舞いと激励に行きました。復興計画に少しずつめどは立ってきているようですが、今後、雇用や生活をどうやって立て直していくのか、それが大きな課題となっているとのことです。
今回のさまざまな経験を教訓に、もしもの時に備えるために地域防災計画などをしっかり見直し、ハード面・ソフト面を整えていきたいと考えています。また、町田市として引き続き被災地の支援を行っていきます。
危機管理の大半は広報情報をきちんと伝えることが重要
―町田市は八王子市に次いで今年4月、保健所政令市になりましたね。
石阪 保健所政令市になって本当に良かったです。保健所の所長が、都の職員として関わるのと、市の職員として働いてくれるのとではスピードがぜんぜん違いますからね。特に福島第一原発事故による放射線の問題にしても、腸管出血性大腸菌O111の問題にしても、医師である所長が、スピーディに的確に情報を伝えてくれていますので、市民の皆さんも大きな混乱もなく、安心してくださっています。非常に機能していますね。
―確かに。不確かな情報がいかに二次災害を引き起こすかは、今回の震災でも明らかになりました。
石阪 役所の場合は、危機管理の大半は広報なんです。自衛隊とか東京消防庁のような本当の実働部隊の危機管理とは違い、市役所の危機管理は、情報を正しく集めて、正しく判断し、正しく伝える、広報そのものなんです。
危機でもないものが危機になってしまうのは、情報がきちんと伝わらないということでしょう。余計な情報や混乱する情報を省いて、本当に必要な情報をダイレクトに出す。そして、信頼できる機関のトップが言っているというクレジットが大事なんですね。伝える人が信用できるということが前提にあって、内容が信頼されるわけですから。
もっといえば、日ごろ役所が出している情報が信頼できるものであれば、危機の時に出す情報も信頼できるとなります。隠していないとか、嘘をついていないという長年の積み重ねが非常に大事なんです。
―信頼を築くには、情報をオープンにして、共有するということに尽きるわけですね。
石阪 町田市は課税の間違いとか、違う人に通知書を送ってしまったといったミスをしたら、必ずその情報を公開しているんです。町田市はミスが多いといわれているのですが、でも、間違って通知書を出したことが後で分かったら、その1件でそれまでの信頼が壊れてしまいますでしょう。
―自分の間違いを報告するのは、勇気の要ることです。
石阪 職員が来るんです、「すいません。間違えちゃいました」って。でも、絶対に怒りません。「気にするな。ただし、同じ間違いを何度もやるなよ」とは言いますがね。
―失敗はノウハウになりますからね。
石阪 ただ、新たな間違いが出てくるだけで(笑)。
―ところで、市のホームページの「ようこそ!市長室へ」のなかで、市長のメッセージを伝える「カワセミ通信」を連載されていますね。文章や写真は当然でしょうけど、イラストもご自身で描かれているのですか。
石阪 版画とかもね。でも、そろそろしんどくなってきました(笑)。
―趣味は生け花、野鳥観察、サッカー観戦ということですが、お人柄がうかがえる楽しい内容で、楽しみにしている方も多いのではありませんか。
石阪 ホームページの閲読率を上げるためにやっているので、あの記事が載っているから見たくないという人がそんなにいなければ、続けようかと思っています。メディアは閲読率が勝負ですから。
ちなみに、空を飛ぶものは鳥だけでなくて、飛行機にも詳しいんですよ。厚木基地に向うYS―11が飛んで来ると音で分かります。ロールスロイス特有のキーンという音でね(笑)。
<プロフィール>
石阪 丈一(いしざか じょういち)さん
1947年、東京都町田市生まれ。71年3月、横浜国立大学経済学部卒業。同年4月、横浜市総務局就職。総合研究開発機構(NIRA)出向、横浜市企画財政局、(株)横浜国際平和会議場(パシフィコ横浜)出向、横浜市総務局緊急改革推進本部理事を経て、2004年、横浜市港北区長。06年、町田市長就任。趣味は、生け花(小原流)、日本野鳥の会会員(観察歴30年)、サッカー観戦。信条は「生きていると思うな、生かされていると思え」