温暖化対策には地球規模の節電が必要です
WWF(公益財団法人世界自然保護基金)ジャパン会長
公益財団法人德川記念財団理事長、德川宗家第18代当主
德川 恒孝さん
中学生の時に母方の祖父母、德川宗家に養子に入った。3人兄弟の真ん中、1人になったらご飯がたくさん食べられるという計算があったとか。ところが、食事は老人食ばかり。50mほどの実家で2度目の晩御飯を食べ、兄弟で一番大きく育った。德川記念財団理事長として江戸時代に築かれた日本文化の理解を深める活動を行う一方で、WWFジャパン会長として“人類が自然と調和して生きられる未来”をめざし、日本国内および日本が関係している国際的な問題にも取り組んでいる德川宗家第18代当主、恒孝さんにお話をうかがった。
(インタビュー/津久井美智江)
気温の上昇を何度で食い止めるか、それが現実の問題。
―WWFはそもそも野生動物を救うことからスタートしたのですよね。環境問題に力を入れ始めたのはいつ頃からですか。
德川 WWFは50年前の1961年に、激減するアフリカの野生動物を保護するためにスイスで発足しましたが、すぐに活動は世界に広がりました。野生動物を絶滅から救うために多くの国際条約、たとえば湿地を守るラムサール条約等を提案・実現させたり、パンダの生息地の保全などで活躍してきました。
温暖化防止などのいわゆる環境問題に取り組むようになったのは1980年代になってからだと思います。日本のWWFは1971年にできました。環境庁が発足した年ですね。
現在は世界約50カ国にそれぞれのWWFがあり、100カ国以上で地球環境の保全をめざして、多様な環境問題に取り組んでいます。
―温暖化は、地球の歴史の大きな流れのなかで起こる周期的な気温の上昇とは考えられないのでしょうか。
德川 その周期でいくと、現在は下がっていく時期だ、なんて説もある。でも、地球の平均気温はこの30年、40年で猛烈な勢いで上がってしまった。調べてみると、二酸化炭素などの温室効果ガスが原因であることが分かった。明らかに人間の活動によるんですよね。
温度が上がってもいいという説もありますが、そうなると何が起きるかというと、まず海面の上昇です。今から6000年くらい前、縄文時代に縄文海進(かいしん)といって大きく水位が上がったことがあるんです。そして温度は今より4~6℃高かった。埼玉や栃木に貝塚がありますが、当時そこまで海がきていました。東京の下町から関東平野の半分くらいは海だったわけですから、大変です。
―4~6℃でですか。
德川 東京のヒートアイランドのような現象は別としても、地球全体の気温や海水の温度を上げるエネルギーってすごいんですよ。1℃上げるにも普通は1000年とかかかるわけですからね。それを冷ますのだって大変です。
地球は水の惑星といわれますが、海水が97%、真水は3%です。その真水の7割は、南極やグリーンランド、ヒマラヤの陸上に氷河として存在しているのですが、その氷がどんどん溶けて減っています。北極のシロクマが大変なことになっていることでも知られているように、海をおおう海水も減っている。氷河や海氷が溶けると太陽光が反射されず、海水や岩に吸収されて、ますます温暖化は進みます。
すでにこのようなサイクルに入ってしまっていますから、気温の上昇を何度で食い止めるのかが、喫緊の問題なんですね。上がってしまったものは仕方がないとして、このまま対策をしないと4℃くらい上がりそうだから、せめてそれを2~3℃に抑えようということです。
今、全世界的に地球規模の節電と省エネが起こらないと、温暖化は抑えられないでしょうね。
自然エネルギー100%も実現は可能!?
―東日本大震災による福島第一原発の事故では、エネルギー問題についてずいぶん考えさせられました。原発問題についてはどうお考えですか?
德川 今の日本の議論を見ていると、目先の数年のことしか考えていないように思います。原発に賛成といえば産業と経済の人で、反対といえば自然保護の人みたいになっていますが、どちらも未来の人類、子供たちのためのものでしょう?
今後、いかにして火力と原子力を減らして、自然のエネルギーを増やすのかという議論をしないと。WWFでは、頑張れば2050年には100%自然エネルギーで、世界のすべての人に必要な電力をまかなえるという研究結果を、この2月に発表しました。
原発イエスかノーかではなく、将来の自然エネルギーへの転換を決意して、皆でロードマップを共有することがどうしても必要だと思います。
―日本の技術力をもってすれば、何とかなりそうなものですが。
德川 民間会社はどうしても自分の会社の利益を考えるものですからね、自然エネルギーは効率が悪くて不安定という先入観から、なかなか脱することができないのでしょう。どうしても目先の経済性に行ってしまう。
日本は優れた技術を世界中に輸出していながら、自然エネルギー化率は極端に低い。国によって違いますが、ヨーロッパもアメリカも10年後、20年後、30年後の高い目標値を掲げて動いています。
今回の大惨事を機に、日本も将来のためにしっかりしたロードマップを作らないと、再び惨事を繰り返すことになりかねません。
―政府は先日、今ある原発は生かしつつ、今回の事故を教訓にして危険な原発は止めることにしましたが、その代わりが火力かというと、そうではありませんよね。
德川 今、日本でも世界でもいちばん大切なのは節電。電気は高価な資源で、上手く使わないと地球を破壊してしまうモノであることを皆が理解することが必要です。冷暖房の効きすぎた電車やオフィス、不夜城のようなネオン街……、これが当たり前という感覚はおかしい。
ご存知ですか? 日本は江戸時代、季節に合わせて年に24回、15日おきに時間をアジャストしていました。1日は太陽が昇る20分くらい前に始まり、太陽が沈んだ20分後くらいに終わる。明け六つ、暮れ六つです。蝋燭や行燈の油が高いですから、極力自然に合わせて暮らしていたのです。
環境に配慮した製品を選ぶことで、世界の自然保護に貢献できる。
―WWFとして被災地のために何かなさっているのですか。
德川 地震の翌々日から募金を始めています。今、現地を回って支援の対象をきめ細かく決めて、即、お渡ししています。
WWFは、海のめぐみを上手に利用して暮らしてきた沿岸域を“里山”ならぬ、“里海”と呼んでいるのですが、里海の良さは、そこに住んでいる人たちが、その湾で何代にもわたって漁をし、獲ってきた魚や海藻を加工して、自然と共生して、それで暮らしが成り立っていることなんですね。一部の遠洋漁業のように自然を壊していません。
何とか元の生活のサイクルが守れないかと思っているのですが、時間がかかりますね。
―ヒラメとかフグといった高級魚は山の中でも養殖されています。こんなことをいっていいのか分かりませんが、今回、被害にあった東北の沿岸部を養殖池にするというのはいかがでしょうか。塩害でお米も作れないでしょうし。
德川 それはあまり考えていませんでした。可能性はあるでしょうね。
―これから先、WWFジャパンが力を注いでいこうとしていることは。
德川 環境問題の基礎にあたる研究、調査、データの提供が大きな仕事ですが、沖縄県石垣島の白保の海に「しらほサンゴ村」というサンゴ礁保護研究センターを持ち、世界最大といわれるアオサンゴの群生をはじめとする貴重なサンゴ礁の保全活動や、南西諸島の生物の地図を作るといった活動を行っています。
また、地球の生態系に配慮し、計画性をもって管理、生産された海産物や木材を認証し、その製品にマークの入ったエコラベルをつけ、消費者が店頭で見てすぐに分かる仕組みの普及に取り組んでいます。環境に配慮した製品を選ぶことは、間接的に世界の自然保護に貢献することですからね。ヨーロッパでは、もうマークがついていないと買わないというくらいいきわたっていますが、日本ではなかなか浸透しません。
自然保護、森林、漁業や野生動物、気候変動、希少生物の違法な取引の摘発と、それぞれの専門家が活躍していますし、対象地域も今ではアジア全体となってきています。
これからも、先ほどのエネルギーのロードマップのような、日本全体、地球全体をみすえた政策への提言や、生活に密着した環境情報を皆さまにわかりやすく提供して行きたいと思います。
―今度の震災によって、人びとの意識は大きく変わるのではないでしょうか。
德川 これで元に戻るようでは日本という国はだめだと思います。自然と人類がどう共生してゆくのか。国全体でこのことを考える時だと思います。
しかし政治をみても、何か、そういう気概や迫力が感じられない。キャビネットもばらばらな感じですし、それをサポートする役人もひとつになっていないでしょう。
―政治主導はいいのですが、役人というプロの召使がいるのに、全部自分でやろうとするからおかしくなってしまう。
德川 要所に才能のある人材を配して、大きな権限を与えて、うまく使ったから、徳川幕府は長くもったんですよ(笑)。将軍が1人でやっていたら、とても30年ともたなかったでしょうね。
<プロフィール>
德川 恒孝(とくがわ つねなり)さん
1940年、元御家門の会津松平家の一門に生まれる。実父は元東京銀行会長の松平一郎、母は德川宗家17代当主家正の娘豊子。中学生の時、祖父家正の養子となり1963年家督を継ぎ18代当主となる。1964年、学習院大学経済学部卒業後、日本郵船株式会社入社。米国郵船会長CEO、日本郵船代表取締役副社長を経て2002年に顧問に就任、2008年退社。2003年、財団法人德川記念財団を設立、初代理事長に就任。2008年WWFジャパン会長。