商品力の強化、海外展開の拡大、生産性の向上、信頼される人づくり―。4つの柱で日野自動車の飛躍を目指します。
日野自動車代表取締役社長
白井芳夫さん
100年に一度と言われる世界的な不況の中で、日本の産業も厳しい状況におかれている。自動車産業も例外ではない。トンネルに入っている今こそ、すべきこと、できることとは―。2008年6月、社長に就任した白井芳夫さんに、日野自動車躍進の鍵となる4つの柱をうかがった。
(インタビュー/津久井 美智江)
商品力の強化により業界のデファクト・スタンダードを取る
―社長に就任されて1年が経とうとしています。現在の厳しい状況を乗り切るために、どのような対策を採られているのでしょうか。
白井 僕が社長になって四つの柱を掲げました。その一つが商品力の強化。二つ目が海外展開の拡大。三つ目が生産性の向上。最後の一つが信頼される人づくりです
―具体的にはどのようなことですか。
白井 第一番目の商品力の強化について言いますと、1%でも燃費が良くなるように、1円でも安くなるようにすること。そして、「走る、曲がる、止まる」という車の基本をより優れたものにしていくことです。
乗用車は、世界中のメーカーが切磋琢磨し、成長しているんです。ところがトラックは商品力で競っているという感じがあまりない。それぞれ地域性があり、ヨーロッパはヨーロッパのトラックメーカー、アメリカはアメリカのトラックメーカー、日本は日本のトラックメーカー間で競争しており、今までは地域を越えて競争することが少なかったんです。つまり、商品が進化していかない。
たとえば、アメリカでは長い間、燃費の悪い大型の乗用車が当たり前に走っていましたが、小型で燃費の良い日本車が入ることによって、品質も上がり、性能も上がりました。しかし、トラックは今でも大きなコンボイが走っています。場合によっては燃費が悪かったり、積載効率が低いこともある。
―日本のトラックが進出するチャンスですね。
白井 積載効率が高く、燃費の良いトラックを提供できたら、アメリカの社会は変わっていくと思います。それには20年、30年という時間がかかるでしょうけれど、アプローチしなければならないと感じますね。
―今後もあんなに大きなトラックは必要なのでしょうか?
白井 それは分かりません。
しかし、一つ言えることは、これまでのように大きなトラックが街中にどんどん入ってくるということは考えにくい。おそらくハイブリッドのような燃費が良くて排ガスが少なく、環境に配慮したトランスポーテーションが必要になると思います。これは「ストップ・アンド・ゴー」が多い、日本の都市でも同様でしょう。
このように商品力を強化できれば、世界のトラック業界のデファクト・スタンダードが取れると思います。
従業員一人ひとりが宝企業の飛躍へとつながる
―一昨年から海外が国内の売り上げを上回りました。海外展開については、着実に実績を上げていらっしゃいます。
白井 2015年くらいには、国内と海外の比率は1対3くらいになると思います。わが社は現在、約70カ国に商品を提供していますが、いすゞ自動車が120カ国、トヨタ自動車が180カ国に進出していることを考えると、まだまだ。幸い既存の商品が、インドネシアでもベトナムでも、品質、耐久性、信頼性で高い評価を受けていますので、海外展開に期待しています。2008年にはロシア、メキシコ、インドに参入しました。
―三番目の生産性の向上については、どのような戦略を?
白井 乗用車は少ない種類をたくさん作りますが、トラックは多品種少量生産なんです。生産効率がまだまだ悪い。
たとえば、シャフトを作るには素材の丸い棒を削るんですが、削る量のほうが製品の量より多い。乗用車は大量生産ですから、鍛造などで型を作っても元は取れますが、トラックは少量生産ですから、型のほうが高くなってしまう。歩留まりと言いますが、少しでも歩留まり率を良くするために、一つの素材から一つの部品を取るのではなく、一つから二つ、三つ違う部品を取るといった工夫をもっともっとしていかなければと思います。
それから、お客様のさまざまな要望に応えるために、モジュール生産を進めています。トラックは、タンクローリーがあったり、冷凍車があったりと種類が多い。それら全部に対応していたら種類が増えてしまうので、あらかじめいくつかのパターンを作っておき、バリエーションを増やすことで、生産性もアップするはずです。
―最後が信頼される人づくりですが、日本では「企業は人なり」と言われるように、とても重要です。
白井 ディーラーの仕事というのは、お客様にトラックという商品だけでなく、真心を買っていただくことです。お客様とは、トラックを買っていただいた後も、車検や整備、保険など、長いお付き合いになる。その窓口となるのが営業マンであり整備士―つまり人そのものなんです。その人を信用してもらわないと長く日野の商品を使ってもらえません。
北は北海道から南は沖縄まで、販売会社が42あるんですが、社長になってからほとんど行きました。するとずいぶん個人差があるなと感じました。高いレベルに合わせて、信頼される人づくりをしていきたいと思います。
お話した四つの柱は、いずれも自分たちがそれぞれのところで努力すれば必ずできることです。それらを一生懸命、地道にやっていったら、日野自動車は確実に伸びていくと信じています。
―サブプライム問題とか、リーマン・ショックといった、自分たちの努力ではどうにもならない問題についてはいかがですか。
白井 北米市場向けのトヨタ車を受託生産している工場の稼働率も悪くなり、残業もカットになるなど、従業員はずいぶん苦労しているんですね。
そこで、去年の暮れに各工場に行き、「どうしてこんなことが起きたのか、なぜ起きたのか、この状態がいつまで続くのか、この間に何をやったらいいのか、将来われわれはどうなるのか」ということを説明しました。
具体的には、われわれはものづくりの会社ですから、その基本である改善の積み重ねを大事にしようということ。それから、期間従業員の方に契約期間の満了を以ってお辞めいただいたりして、暗くなっていますでしょう。ぜひ、明るくいてください。そのために上下のコミュニケーションを大切にしてくださいということです。
「この二つを今、トンネルの中にいる間に一生懸命やる。それは自分たちのレベルアップになるし、トンネルを抜けたときに、日野は必ず飛躍的に伸びると信じてください」と話す。すると、ワーッと拍手が起こったり、「日野、日野!」とコールが起こるんですね。そういう姿を見ると、まさに従業員は宝。従業員一人ひとりが会社を支えてくれていると実感します。
東京オリンピックに向けてハイブリッド・バスの開発を加速
―昨年の北海道洞爺湖サミットでは『日野セレガハイブリッド』がシャトル・バスとして活躍しました。2016年の東京オリンピック招致に向けて、ハイブリッド・バスの需要は高まっているのですか?
白井 東京都には、ハイブリッドのバスは50台くらいしか入っていません。これをさらに拡大したいと考えています。ただ、今のハイブリッド・バスの性能では、バリュー・フォー・マネーがまだ足りない。価格差の割には燃費がいまひとつ突き抜けていないと思っています。
いずれはすべてのバスがハイブリッド・バスに移行していくでしょうけれど、東京オリンピックが決まった暁には、ハイブリッド・バスの開発にも拍車をかけなければならないと思っています
―東京オリンピックのときに、日野のハイブリッド・バスが都内を走り回っていれば、世界に向けてのPRになりますね。
白井 それを期待しています。
実はバスは、生産性があまり良くない。日本のバスのマーケットは年間1万台くらい。日野のシェアが35%くらいですから、年間3000台とか4000台の生産なんですね。いくら広がっても限りがあります。
それにバスを作る際は、いろんな部品を積み重ねていって、そこに利益を加えるというシステムなんです。だからものすごく高いものになる。路線バスはともかく、観光バスは、いずれ中国や韓国とかの安いバスが日本に入ってきたら、脅威になるでしょう。しかし、そうならないように生産性を上げて、良い商品を作るよう努力しています。
<プロフィール>
1948年、長野県小諸市生まれ。1973年3月、北海道大学大学院工学研究科修士課程機械工学専攻修了、同年4月トヨタ自動車工業株式会社(現トヨタ自動車株式会社)入社。同社専務取締役技術管理本部本部長、商品開発本部本部長、日野自動車株式会社取締役副社長等を経て、2008年6月より現職。