平和を構築するための「教育・文化・芸術ファンド」を作りたい。
株式会社グッドバンカー 代表取締役社長
筑紫みずえさん
SRI(社会的責任投資)という言葉が、一般的でなかった20世紀の終わり、日本初のSRI型金融商品「日興エコファンド」を企画・発売。これまで投資に関心のなかった人たちを惹きつけた。21世紀は、投資したお金がどう使われるかが問われる時代。最終的にめざすのは、世界の平和につながる「教育・文化・芸術ファンド」と言う株式会社グッドバンカー代表取締役社長の筑紫みずえさんにお話をうかがった。
(インタビュー/津久井 美智江)
自分のお金がどう使われるかを、
意識する投資家が増えています。
―「日興エコファンド」は、日本初のSRI型金融商品とのことですが、ふつうの投資信託とはどう違うのですか。
筑紫 エコファンドというのは、投資をする際に、企業を財務諸表的な観点からだけで評価するのではなく、環境問題への取り組みや、その取り組みがどう経営の競争力に結びつき、企業の成長につながり、長期的には株価の上昇をもたらすかということもチェックして、評価する資産運用のやり方なんですね。たまたま株式投資信託という形で世に出ましたので、エコファンド、イコール投資信託というイメージがありますが、それは正確ではありません。
―つまりSRI型の金融商品であると。SRIとは、どういうことなのでしょう。
SRIとは英語のSocially Responsible Investmentの略で、日本では社会的責任投資と言います。投資信託を買うだけでなく、自分の銀行口座に預金をする、債券を買う、保険に入るといったことも含め、自分の金融行動が社会的に何をもたらすかということを意識して、金融の行動を起こすことの総称です。つまり、自分の金融行動には社会的責任が伴うということを意識して投資することです。
最初は、金融のプロと言われる人たちからは、「人間はお金がすべて。もっともっとお金がほしいと思うのが人間の性だから、自分のお金を動かすことで社会が良くなるとか、環境問題に貢献するとか、そういうことに期待する投資家はいない。商品として成り立つわけがない」と言われました。ところが、「日興エコファンド」が発売されると、2週間で230億円も売れる大ヒットを記録しました。
―どのような方が買われたのですか。
筑紫 99%が個人で、女性とか若い人、それまで証券会社で金融投資をしたことがない人たちでした。その時、分かったのですが、日本にはお金のある方が多いということ。購入金額の一人平均は300万円でした。「もっともっとお金がほしい」ということになじめない方たちに、エコファンドという新しい商品が受け入れられたんだと思います。
―いわゆるお金儲けではなく、環境を良くするためにお金が使われると、みなさん納得して投資されたわけですね。
筑紫 お金というのは使いようでどうにでもなります。良い方向に使えば、世の中が良い方向に向かうのではないか―。みなさん素朴にそう思われたんだと思います。
お金を儲けることは悪くない。
どう使うかが問題なのです。
―金融業界に入られたきっかけは?
筑紫 エネルギー関係の会社に勤めていた時に「会うだけでも勉強になるから」と、ベルギーの銀行を紹介してくださる方がいまして、その人の顔をたてるために面接に行ったんです。金融に対しては偏見を持っておりましたから、「銀行家というと、悪いけれど『ヴェニスの商人』の金貸しを思い出します」なんて、失礼なことを言っちゃった(笑)。すると相手の方は笑いながら「銀行は社会的に重要な役割を果たしているんですよ。例えば、世界銀行の債権を発行し、集まったお金は開発途上国の人たちの生活を改善することに使われるんです」と話された。私は、はっと思いました。
と言いますのは、フランスで勉強するために、新婚旅行を兼ねてヨーロッパまでリュックサックを背負って旅をしたことがあるんです。1974年から75年にかけてですが、その時、初めてどうしようもない貧困というものを目にした。インドでは道端で死んでる子どもとか、ネパールの山奥では、私とあまり年の違わないような女性が、土の家の台所で赤ちゃんをくくりつけて竈でとうもろこしを炒っている姿とか。私はその時「この人は一度も海を見ることなく死ぬんだろう。私はこれから旅をして、海を見ることもできるし、世界のいろんなものを見ることができる。この人たちのために一生懸命生きなきゃいけない」と思ったんですね。その想いがずっとありましたので、貧しい人がちょっとでも豊かになれるお手伝いができるならと、転職を決意したんです。
―確かに、いくら想いがあっても、お金がなければできないこともある。でもお金があればできる。単純なことなんですよね。
筑紫 そうなんです。確かに金融はお金持ちがもっとお金持ちになるのを助ける産業かもしれないけれど、お金持ちがもっとお金持ちになるにはノウハウがある。それを学ぶことができれば、貧しい人がちょっとでも豊かになるお手伝いができるかもしれないと思いました。しかも、お給料をもらいながら勉強できる(笑)。で、入ってみたら金融はすごく面白い。そして、「お金が悪いんじゃない」と分かりました。
―要するに、どうやってお金を儲け、どのように使うかが大事だと。
筑紫 金融業界に入ってすぐにSRIという考え方を知り、「絶対これをやりたい、できないはずはない」と思いました。たぶん、私が金融業界のまったくの素人だったからでしょうね。金融のプロだったら、いろんな難しさを先に考えてしまい、あきらめていたのではないかと思います。
―「できないはずはない」という確信は、どこから生まれたのでしょう。
筑紫 いろいろ考えてというより、とにかく、直感的にこれだと……。そして金融業界に入ってからは、SRIについてあちこちで言いまくりました。90年にUBSという世界有数の銀行に移ったんですが、その時にとても心強く感じたのは、UBSの人たちはみんなSRIのコンセプトを知っていたこと。しかも、UBSはスイスの銀行ですから、大金持ちのお金をお預かりするプライベートバンキングが業務の柱なんです。そして大金持ちの人の発想が分かる。大金持ちにとっては、お金がちょっと増えることにはあまり関心がない。むしろ、自分のお金がどういう使われ方をするのかということに非常に関心が高いんですね。
―ノーブリス・オブリージュといいましょうか。
筑紫 そういう意味では、日本人は自分たちが思っている以上に世界の中でお金がある、いわばノーブルな人たちなんですよ。そのお金を、世界のためになるように、地球のためになるように、人のためになるように動かすことが、今、問われていると思います。
教育・文化・芸術ファンドによって、
最終的には世界平和を実現したい。
―「日興エコファンド」に続き、三菱UFJ SRIファンド「ファミリー・フレンドリー」を企画・商品化されましたね。
筑紫 エコファンドが世に出て、「さあ次の課題は?」と考えた時、少子高齢化や働き方が世の中の問題になってくるだろうと思いました。女性が結婚して、子どもを持っても、意欲と能力があれば働き続けられる、家族でお年寄りを介護しなければならない場合は、少し休んでまた戻れる、あるいは働き方についてもっと柔軟性を認めてくれる、そういう会社が求められるだろうと。この三菱UFJ SRIファンド「ファミリー・フレンドリー」は2007年、「第1回ワーク・ライフ・バランス大賞」優秀賞を受賞したんですよ
―新たに企画しているのは、どんな商品ですか。
筑紫 どことやるかはまだ決めていませんが、「フォレスト・エコファンド」を開発しました。10年ほど前は、環境マネジメント自体が重要でしたが、今は環境に配慮するだけではだめ。これからは、どうやったら競争力に結びつくかということに着目しなければなりません。水であったり、空気であったり、テーマはいろいろありますが、私たちは生物多様性に注目しました。生物多様性は何によって担保され、保証されているかというと、それは森林機能。世界中で森林を涵養していくことが大事なんですね。環境問題に対して頑張っている企業の中でも、特に生物多様性や森林涵養に貢献にしている会社、森林資源をうまく使っている会社を150社選び、ファンドにしてマーケティングしているところです。
―目的がはっきりしていて、とても分かりやすいですね。
筑紫 実は、私たちが最終的にめざしているのは、平和のファンドです。「平和なんて言葉だけ。世界平和は実現できるわけがない」と、みなさん思われるかもしれませんが、私は実現できると信じている。なぜなら、戦争のための産業にはたくさんのお金が集まり、投資もされているのに、平和を構築するためにはお金が流れていない。それは、平和を実現するためのお金の動かし方の研究が進んでいないだけだと思うからです。
どうして戦争が起こったのか、古今東西の戦争を分析してみますと、戦争というのは突発的に起こっているんですね。一種プロパガンダのようなもので偶発的に戦争に突入するということがとても多い。プロパガンダに簡単に乗らないような国民になること、相手の国のことを良く知り、お互いに偏見を持たないことが大事なんです。
ほんの60年前まで、世界の人びとが外国人に初めて会ったのはどうやってだと思います? 戦争の時なんですよ。知らない者同士だから、殺し合いができる。相手のことを理解し、認め合い、好きになれば、傷つけることはできませんよね。だから、文化や芸術の交流や、教育によってお互いの多様性を受け入れるような活動を一生懸命やっている会社に投資して、もっと頑張ってもらえばいい。最終的に平和につながる「教育・文化・芸術ファンド」を設計すればいいと思っています。
―世界で初めてではありませんか。ぜひ実現して、世界に広まってほしいです。
筑紫 そうですね。ですからこの教育・文化・芸術ファンドは、ユネスコのパリ本部でプレゼンテーションしました。ユネスコ憲章で「戦争は人の心の中に生れるのだから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」と言っているでしょう? このファンドはユネスコの理想を具現化するための金融ツールなんです。「ぜひやってほしい」ということで、今、投資家のところにお話を持っていっているところです。
―なんだかわくわくしてきますね。
筑紫 そうでしょう。私たちは世の中が良い方向に行くために、お金をどう動かせばいいのかということを毎日、毎日考えている仕事なので、大変ですけど、いつも楽しいです。
<プロフィール>
つくし みずえ
1949年鹿児島県生まれ。東京日仏学院およびパリ大学に学び、結婚、出産後、フランス系エネルギー会社などを経て、90年スイス系のUBS信託銀行に入行。96年、業界初の女性の営業管理職となる。98年、日本初のSRI(企業の社会的責任投資)専門の投資顧問会社(株)グッドバンカーを設立。環境省・中央環境審議会委員、文部科学省・科学技術・学術審議会委員、経済産業省・産業構造審議会委員(~2004年6月)。2005年、「男女共同参画社会功労者」として内閣総理大臣表彰を受く。