仕事に命を賭けて Vol.7
首都圏防空の任に誇りをもって
基地業務群衛生隊長2等空佐
大久保 雅江
文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。一般の人にはなかなか知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットをあて、仕事への情熱を探るシリーズ。
今回は、航空自衛隊百里基地で衛生隊長を務める大久保雅江2佐。基地で働く隊員たちの健康を管理し、歯科医として治療にもあたっている。第一線の目立つ仕事とは言えないが、彼女たちのような縁の下の仕事があってこそ、基地での重要な任務が繰り広げられている……。
(取材/中本敦子)
首都圏防空の任に誇りをもって
JR常磐線石岡駅から車で約30分。広大な田園地帯に百里基地は広がっていた。
茨城県中央部、霞ヶ浦の北部に位置するこの基地には、関東で唯一の戦闘航空団である第7航空団と日本で唯一の偵察航空隊が所在する。長さ2700m、幅45mの滑走路は、戦闘機や偵察機が飛行訓練等の離発着に利用している。
国籍不明の飛行機が確認されたり、不測の事態が起きたりしたときに、素早く対応できるよう、百里基地には領空侵犯措置や航空偵察の任務が与えられている。万が一に備え、昼夜の区別なく緊急発進する態勢を維持しているのだ。
基地の面積は約129万坪、東京ドーム約91個分にあたる。そこで約2100人の自衛官が、日夜任務に励んでいる。
前述の戦闘航空団や偵察航空隊以外にも様々な部隊の任務がある。救難隊は、離島や登山者、船上の救急患者の搬送、災害時の救助を行っている。その他、第3作業隊、管制隊、気象隊、警務隊、衛生隊など、多くの部隊の活動があってこそ、航空自衛隊の任務が果たせると言える。
大久保雅江2佐は、百里基地内で、衛生隊長として、隊員の健康診断や健康管理の取りまとめをすると共に、歯科医として歯の治療を行っている。
夢をもって違う世界へ
飛び込んだ女性歯科医
「私は大学の歯学部を卒業後、附属病院で勉強をしていました。これから開業するか、研究を続けるか、将来を考えた時に、たまたま自衛隊で歯医者の中途採用があることを知りました。今から十数年前、海外派遣や国際協力がマスコミでも、多く取り上げられていた頃でした」
大久保2佐も、自分の資格を生かして社会貢献したいと思っていた。身内に航空自衛隊に所属する人がいて、いかにやりがいのある仕事かを聞かされた。
「いいきっかけかもしれないと思いました。自分のいる世界と全く違う道を拓いてみようと、入隊試験を受けてみることにしました」
大久保2佐は、入隊試験に合格し、31歳で自衛隊員となった。
全く新しい環境での任務について不安はなかったと振り返る。男子学生の多い歯学部で、“男社会”も経験していたからかもしれない。
中途採用だったので、最初に配属された宮城県の松島基地で、一から敬礼の動作などを教えてもらったという。
「大学病院での仕事と違うのは、自衛隊は四季折々に訓練があるということです。そのときどきの季節を、訓練を通して実感できるのがおもしろいです。ただ、身内に聞いたようにいいところばかりではなく、厳しい所もあるのですけど……」と語る。
「自衛隊というと、防衛大学校の出身者が多いと思われるかもしれませんが、普通の大学を卒業したり、民間で働いていた中途採用者もいるということを、ぜひ知ってください」
隊員の健康を願って
隊長と診療の二足のわらじ
大久保2佐の勤務は、朝礼から始まる。その後、隊員の歯の治療、健康診断、そして、隊員の健康管理の統括が主な仕事である。
「特に海外派遣前の健康診断には気を使います。その結果で、誰を選ぶかが決まってくるわけです。海外で具合が悪くなると大変ですから、念入りに検査をしなければなりません。通常は『虫歯が2本あります』などと結果を知らせるだけですが、海外派遣に行く隊員には必ず出発前に治すように指導します」
治療や検診を通じて隊員とのコミュニケーションも深まるという。
「大変なのは、人員削減の影響で、衛生隊の人数も減っていることです。仕事の量は変わらないので、負担は大きくなります」
大久保2佐は治療だけでなく、後輩の育成、人事、全体の管理など、何足もわらじを履いている。医療とは直接関係ない、自衛官としての訓練にも参加する。ハードな職務をこなすために、自分自身の健康にも十分気をつけているそうだ。
「航空自衛隊というとパイロットが目立ちますが、医療職など目立たない部署でがんばっている隊員もたくさんいることをわかってもらいたいです」
海外に行かなくても、空を飛ばなくても、隊員全ての力があってこその百里基地なのだと大久保2佐の笑顔が語っていた。
<プロフィール>
昭和37年、東京都生まれ。日本歯科大学卒業後、日大板橋病院に勤務。平成6年、航空自衛隊に入隊。宮城県松島基地に配属。その後2〜3年ごとに異動し、平成18年より現職。