2008年6月20日号
〜My Life Work〜
仕事に命を賭けて Vol.4
母の交通事故がきっかけで
警察官の道を歩み始める
警視庁 交通部 交通総務課
交通安全教育指導係 警部補
佐藤 一也

 文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。およそ知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットをあて、仕事への情熱を探るシリーズ。

 今回は警視庁で交通安全の教育指導に力を注いでいる佐藤一也警部補。幼児から高齢者まで、幅広い人たちに交通事故がいかに危険か、どうしたら事故から身を守れるかを教えている。また、佐藤警部補は優秀な白バイ隊員としても活躍してきた。そのパワフルな活動の原点は何か―。

(取材/中本敦子)


長年の練習の積み重ねがあってこそ、自由自在に白バイを操ることができる

 街中で白バイを見ると、背筋がシャンとする。白バイを自在に操る姿に、カッコ良いと感じる人も多いのではないだろうか。そんな白バイ隊員になるには、高度な運転技術、体力、そして並々ならぬ努力が必要。人間性も重視され、警察官の中でも選りすぐられた人でなければ、なることができないのだ。

 細身の身体で白バイを巧みに乗りこなす佐藤警部補。笑顔で優しく話す姿は穏やかだが、内に秘めた闘志、行動力はさぞパワフルなのだろう。

中高生には、いかに集中して聞いてもらえるかを工夫している。実際の事故の様子を見せたりすることも

 佐藤警部補が16歳のとき、母親が交通事故に遭ってしまう。

「相手は一時停止無視でした。母は生きるか死ぬかの瀕死の状態で、家族はみな大変でした。そのとき担当してくれた警察官の対応がとても良く、私も将来警察官になりたいと思ったのです」

 その思いを貫き、高校卒業後、警察官になるべく、警察学校に入学。1年間、基礎体力作り、勉強に励み、警察官になる。学校卒業後は、誰もが交番に配属され、基本的な仕事を覚えるのだそうだ。その後、それぞれが専門の部署へ異動となる。

 佐藤警部補は、成城警察に勤務中、その人柄とオートバイの運転技術を買われ、上司の推薦もあって、白バイ隊の試験を受けた。試験や面接、適性検査に合格。その後、2ヵ月の厳しい訓練期間を経て、晴れて白バイ隊になった。

幼児や小学生は特に自転車の乗り方やルールを教えることに力を入れる。同じ目線になり、わかりやすく指導することを心がけている

 取材に行った日にもこれから白バイ隊になる人たちの訓練が行われていた。命にも関わる重要な任務につくわけで、訓練の厳しさは想像を絶するものだ。

「私も何度も怒鳴られ、叱られました。でも、この訓練があったからこそ、今の自分がいるのです」と佐藤警部補。

 その頃は、夜明けとともに練習をはじめ、日が暮れて暗くなるまで運転技術を磨いたと言う。休日はもちろん、勤務日も空いている時間をみては、敷地内の訓練所で練習に励んだ。

「人に負けるのは嫌いです」という佐藤警部補は、白バイの全国大会で総合3位という輝かしい実績を持つ。



佐藤警部補自らがスタントマンになり、左折の時の巻き込まれ事故を実演することもある

優しさと厳しさで指導
交通事故のない社会を目指して

 白バイ隊員は、訓練後すぐに1人で取り締まりを行うわけではない。まずは、先輩と一緒に現場での実践を積み、対話のタイミングやコツを学んでいく。

「一番難しいのは、運転技術です。違反があったら、急加速して追尾することもあります。そこで慌てると、事故を起こしてしまいます。余裕をもって常に行動しなければなりません。でも最初はなかなかできなかったですね」

 また、取り締まった違反者との関わりも重要な役目である。時に違反者から文句を言われることもあるそうだ。

「そのときは、『私にいくら文句を言ってもいいですよ。だけどこれをひきずって、事故を起こさないでくださいね』と言います。今ここで全部吐き出してくれと。毅然とした態度で、ここはこう違反だとはっきり告知することが大切なのです」

 佐藤警部補の真剣な対応は、違反者の心を動かす。違反して取り締まった人から、「なぜ違反をしてはならないか良くわかった」と、感謝の手紙が送られてきたこともあるそうだ。

交通安全をアピールするバスの広告には、佐藤警部補がモデルになっている

 こんなエピソードもある。父親が過って4歳になる娘さんをひいてしまった。佐藤警部補は自分の辛い経験から、家族の心の痛みを理解し、丁寧に対応していった。その後、家族から感謝の手紙が届いたと言う。

 現在、佐藤警部補は交通安全の教育指導係として、都内を飛び回っている。昨年は年間522回。講習会では、事故が起きないよう、幼児からお年寄りまで、年代に合わせた指導を心がけていると言う。

「皆さんには、夢とか希望があるでしょう。親御さんだったらお子さんへの夢かもしれない。しかし、事故により、その夢がかなわなくなってしまうのです。ケガを負わせても、負っても、多くの人が悲しみます。たった1カ所止まらなかっただけで大事故になり、夢を失うばかりか何千万円もの代償を支払わなければならないこともあるのです。だからルールは守ってほしい」

 こんなメッセージを佐藤警部補は伝えるそうだ。その思いは、一人一人の心の奥に響いていることだろう。送られてくる数々の手紙は、活動の成果の証であり、佐藤警部補の宝に違いない。


佐藤警部補への感謝の手紙

 (前略)特に事故の実験では、佐藤警部補の自分の体を張ってでも交通安全の大切さを伝えたい、という気持ちが痛いほど心に響きました。ふだんから交通ルールを守り、事故を起こさないことが大切ということは、言葉や情報で記憶していますが、現実に佐藤警部補の事故実験を目にし、忘れられない日となりました。交通事故の悲惨さを忘れないでほしいと、当日参加した全員に、佐藤警部補の背中が語っていたような気がしました。(後略)

 <都内公立小学校教諭より>

 (前略)とても貴重な体験をさせていただき、改めて自転車に乗る上で大切なことを実感することができました。最近では私たちが被害者ではなく、加害者になってしまうケースも多いというお話を聞き、私たち自身が常に交通ルールを意識をして、気をつけなければならないということがわかりました。(後略)

 <都内の公立中学生より>


[プロフィール参照]

<プロフィール>

昭和35年、神奈川県生まれ。高校卒業後、警察学校に入学。交番に5年間勤務した後、交通部に。昭和58年白バイ隊に。猛練習の結果、全国の白バイ競技会で優秀な成績を修める。

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