都民の安全・安心に全力
東京消防庁は昭和二十三年、消防組織法の施行により警視庁消防部から独立して発足した。発足から今日に至るまで、火災はもとより、災害、救急などの分野において都民の安全と安心を守る取り組みを積極的に展開しているところだ。近年、地震や台風などの自然災害が、日本のみならず世界各地で多発する中、首都東京の防災業務を担う東京消防庁への期待はますます高まっている。そこで本紙では、東京消防庁の小林輝幸消防総監、東京消防庁を所管する都議会警察・消防委員会委員長の串田克巳氏のお二人にご出席いただき、今後の消防行政に関する忌憚ない意見交換を行っていただいた。
(司会・本紙)
消防力の向上で全焼火災は減
防災には地域住民の力を
――今年は自治体消防六十周年という節目の年です。自治体消防のあり方について考えていることがあればお聞かせください。
小林輝幸消防総監 自治体消防制度が昭和二十三年に確立して今日の消防があるわけですが、都民生活においていかに安全を確保するかという取り組みにつきると考えています。
昭和三十年代末から四十年代にかけての火災件数は年間八千件から九千件でしたが、今は六千件前後に減少しています。その六千件のうち、六割は建物火災です。全焼火災を減少させるには消防力の向上が鍵です。昭和三十年代後半から四十年代にかけては建物火災の一三%が全焼でしたが、今では四・五%にまで減少しています。消防装備を充実し、消防力を高めることで、都民の生命、財産を守ることに貢献できていると思います。
また昭和三十八年に救急業務が消防の本来業務として位置づけられました。以後、傷病者をいかに早く助けるかということが課題となり、平成に入ってからは救急救命士制度を構築し、救命処置の高度化を図っています。
さらに防災対策をどのように進めるかも大きな取り組みのひとつです。平成七年の阪神・淡路大震災が大きな契機となって、ハイパーレスキュー隊の整備などに取り組んでいます。
串田克巳警察・消防委員長 消防総監のお話にもあったように火災件数も減少しており、都民が安全・安心を感じることができる消防体制が構築されていると思います。しかし火災の被害者をいかに少なく抑えられるかが今後の課題かなと思います。まだまだ大きくて重たい課題がありますね。
災害の被害を最小限に抑えるには消防だけにまかせるのではなく、東京都と各区市町村が連携して、災害に関する体制づくりを進める必要があると思います。
小林消防総監 阪神・淡路大震災や新潟県中越地震で感じたのは、地域住民の防災に関する力が非常に大きいということです
ですから我々は今、若い人たちが防災に対する関心を持ち、力を注いでもらうため、幼児期から社会人までの一貫したプロセスで防災教育を推進してはどうかということで、昨年来から中学生など、若い人たちの力を借りていく取り組みを始めています。地域力の向上が、災害があったときに大きな力を発揮すると思います。
――現実の取り組みという面では、まだまだ不満もあるのではなでしょうか。
小林消防総監 地域力を高めるには、お互いが納得して行動することが欠かせないと思いますね。そのために相応の時間はどうしてもかかってしまいますが、地域の皆さんもそのことは十分ご理解なさっていると思います。ただ問題なのはきっかけが何かということですが、そのきっかけをつくるのは我々の仕事だと思っています。
――都議会としてはどのようにお考えですか。
串田委員長 災害の初期段階ではやはり町会や自治会との連携が重要だろうと考えています。東京都は防災訓練などを実施しており、区市町村との連携にも力を入れていると感じますが、初期対応をどう展開するかは都や議会で議論すべき課題ですね。
個人情報の共有が課題
発災から3日間の対応を万全に
――地震により港や空港、道路などが使用不能になる恐れがあります。救援物資が届くのか不安ですが。
小林消防総監 都民の皆さんにご理解いただきたいのは、慌てる必要はないということです。発災初期の三日間については、自分たちで対応できるような準備をしていただき、それ以降については行政の各セクションで取り組みが進められています。全く食べ物が届かないとかそういう不安については大丈夫だと申し上げたい。
――新潟県中越地震の際には、隣近所の結びつきが強く、極端な話ではひとり暮らしの高齢者の飲む薬のことまで隣の家の人が知っていたという例もあります。コミュニティ意識の希薄な東京では人的被害が甚大なものになるのではないかと危惧するのですが。
串田委員長 これは難しいですね。私は多摩地域出身ですので、区部に比べればまだ町会や自治会などが機能しています。どこに誰が住んでいて家族構成はどうなっているというのがわかりやすいですが、問題なのは昼間に区部で勤務しているケースですね。帰宅困難者の問題も含め、このビルには何人いるかという、おおよそのガイドラインのようなものが出来れば、災害時の対応も違うと思います。
消防と警察、あるいは区市町村との災害時における連携では、個人情報を提供できる範囲などをキチンと整理するべきですね。これはこれからの大きな検討課題だと思います。
小林消防総監 最近は「プライバシー」という言葉が何事においても先に出てきて、人の世話にはならないという考えの人が増えているようですが、そういった方々が被災した時、家にいるのかどうかもまるでわからない、こういう部分をいかに理解してもらうかが課題ですね。
解決策のひとつとして町会、自治会に入ってもらうということがあるのですが、それにも入らない方が非常に多いんですね。入っていればこの地域にはこういう方が何人いるということが即座に把握できるのですが。
我々としては災害時における要援護者を把握する必要がありますから、区市町村と連携し、いざというときには情報を共有化できるよう取り組んでいます。
――緊急時に備えて病院船を整備するのはどうかということを赤十字の関係者に話したことがあるのですが、あまりよい顔をしませんでした。このことについてどうお考えでしょうか。
小林消防総監 病院船については昔から構想があがっています。しかし普段どうするか、つまり災害があるまでの間をどうするかが一番大きな問題ですね。阪神・淡路大震災の時にはフェリーなどの客船を埠頭に止めて、職員の宿舎として活用していました。旅客船をチャーターして護岸に接続し、一時的な基地とすることは大いに考えられると思います。
串田委員長 公立の病院でも耐震化を進めていますし、ベッド数も通路やロビーに増やすことで災害時に対応するようにしています。多摩地域は内陸部なので、そのような公立病院に患者を搬送する体制が整備されれば、ある程度の緊急患者が受け入れられると思います。
不要な救急要請は控えて
火災警報器の設置で死者減を
――救急患者の搬送に時間がかかり、患者さんがなくなったというケースが報道されましたが、東京都ではこのようなケースはあり得るのでしょうか。
小林消防総監 この問題は非常に大きな問題だと考えていますが、現状では特効薬がないんですね。東京都の救急医療対策協議会で、議論が始まったところです。
――救急車をタクシー代わりに使う人がいたり、医者の絶対数が足りないということがあったりと、色々な原因が考えられると思いますが、それらは救急業務とは直接関係のない話だと思います。消防としては出来るだけのことをしているということを声高に主張すべきではないでしょうか。
小林消防総監 要請する側の皆さんは、救急で病院に行くべきなのか、もう少し様子を見てから行くべきなのかということが判断しづらいのだと思います。ですから救急相談センターに医師、看護師を二十四時間三百六十五日配置して相談を受け付けています。そういうものを利用していただくことで、不要な救急車の要請を減少していこうと考えています。
またタクシー代わりに要請するケースについては、難しい問題ですが、誰が見てもこれは救急車で行く必要がないだろうというケースについては、自主通院を促す救急搬送トリアージを試行しているところです。病院にご自分で行く場合、タクシーが必要であれば案内する仕組みもとっています。
救急相談センターの事例ですが、一日約七百件の相談のなかで、その一割の約七十件は看護師や医者が相談を受けています。そしてさらにその一割は救急で病院に行く必要があるケースです。救急相談センターを活用していただくことが、これからの適正な救急医療につながるのではと考えています。
――アメリカでは救急車は有料ですが、こうした例を導入することはどうでしょうか。
小林消防総監 それについて検討したこともありますが、有料化したことで救急車の要請が減っているということはありません。例えばニューヨークでは、東京以上に救急車の出動頻度が激しいです。有料化が出動頻度の抑制にはつながっていないんですね。
串田委員長 都民の皆さんも救急搬送の重要性をきちんと感じていただく必要がありますね。
――最後に何か一言あればお願いします。
串田委員長 東京消防庁は災害、火災、救急などで一生懸命努力をしています。都民の皆さんひとりひとりが消防行政に対する意識をきちっと持っていただければ、災害時の被害を軽減することができるということを知っていただきたい。
小林消防総監 火災対策には長年取り組んできており、一定の成果も出ていますが、一点だけ大きな課題があります。それは火災による死者数が大幅に減っていないということなんです。火災による死者を減らすためには早い段階で火災を知ってもらい避難していただくことが必要ですね。それが火災による死者を減らす最後の手段かなと考えています。平成二十二年度から各家庭の居室や廊下、台所に住宅用火災警報器の設置が義務化されますが、これを機に火災による死者数が減少するよう願っています。