心と心の絆を結ぶ職人仕事です。
若葉会幼稚園 園長
三井 富美子さん
子どもたちにとって初めての社会である幼稚園。わずか数年とはいえ、そこで過ごす時間は、その後の人生をも左右しかねない重みを持つ。私立の名門「若葉会幼稚園」は、生活習慣、知識、技術の獲得はもちろん、責任、公共心の自覚、労を厭わぬ献身、努力を身に付け、誇り高く、善く生きることを自然な形で身に付けられることを目標に掲げ、決してぶれることはない。「子どもたちと、心と心の絆ができた瞬間が一番の喜び」という園長の三井富美子さんに、幼児教育哲学をうかがった。
(インタビュー/津久井 美智江)
幼稚園は、子供にとって立派な社会
考える心棒をつくる場所
―子どもにとって幼稚園は、社会への第一歩。初めての世界の存在は大きいでしょうね。
三井 幼児にとって、幼稚園は立派な社会なんですね。ですから、私たちは子ども扱い、赤ちゃん扱いはしません。3歳なら3歳の一人前、4歳なら4歳の一人前、5歳なら5歳の一人前。その年齢なりの一人前だと思っていますから。
言葉も、特に子ども用の言葉は使わないで、社会の中の普通の言葉を使って、子どもたちと話をしています。「ずるいことしちゃいけないでしょ、それは卑怯っていうものよ」とか、かなり厳しいことを言っても、案外、素直に受け取ってくれるの。繰り返し言われているうちに、だんだん理解できるようになるんですね。
―子どもを叱る際に大切にされていることは?
三井 子どもたちをいきなり叱ったりしないようにはしています。「私たちは、あなたのことが大好きで、信頼しているんだけどなあ。それなのにどうしてこういうことになるの。よく考えて!」という話し方をして、そして最後に「期待してるからね」と言って別れます。
―最近は、よく“ほめて育てる”と言いますが、叱ることも大切だと思います。
三井 そうですね。「ほめろ」と言われると、何でもほめちゃう。むしろ、おだててしまう。でも、子どもたちはちゃんと分かっているんですよ、自分が何でほめられたのかということを。
子どもたちをほめるときは、何か課題を与えて、それを乗りこえたときにほめる。要するに認めること、信頼関係をつくることが大事なんですね。
私たちは、考える心棒を与えるつもりで、子どもたちに厳しいことを言っています。多少ごまかしてもいいとか、逃げてもいいとか、それがかえって子どもらしいじゃないか、というふうには考えないんです。
ですから、善悪の基準や物事の判断材料が揃うまでは、大人の責任で刷り込みをいたします。卒園するころには、「自分はよく育てられた」と自信をもって、新しい世の中に踏み出してほしいですからね。
―そのためには、親御さんにも同じ方向を向いていただかないといけませんね。
三井 定員が決まっておりますので、入園考査なんていう大変申し訳ないことをやるんですが、結局、考査をするというより、こちらの思いをしゃべっちゃうのね。
私たちがどういうふうに子どものことを考え、どうやってこれから付き合っていきたいかということを。それを理解したうえで、よろしければきてください、という感じです。
例えば、給食は完食してもらいます。はじめからの約束ですから、どんなにお帰りが遅くなっても全部食べなくちゃいけない。でも、どうしても食べない子はいるんですね。そういう子には「三角食べをしてね」とか、「作ってくれた人のことを考えて、きれいに食べてね」とか、いろんなことを言いながら食べてもらう。
そうすると、いつの間にか食べられるようになるんですよ。
―子どもたちは大変ですね。
三井 お母さんたちにも、はっきり言いますよ。事の道理をしっかりしてほしいですからね
―お母さんはびっくりされるのでは?
三井 最初に説明していますし、「そのつもりで入ってきたんでしょ」って言うんです。「何と言われても、それはそちらのご判断であって、私たちのやり方はこうです」と。その辺は、絶対にぶれません(笑)。
園長の仕事はフルタイム
使命感がなければできない
―中学・高校もさることながら、小学校・幼稚園の受験熱も高まっています。いわゆる“お受験”については、どうお考えですか?
三井 うちは受験用の幼稚園ではないことは、はっきり言っているんですが、やっぱり親御さんの頭の中には受験があります。
幼稚園が終わると、体操とか絵とか、みなさん何かしらお稽古に行かれますが、本来はおうちでやるものなんですよね。
でも、楽しければいいかなとは思います。知識が増えるのはいいことじゃないかと。
ただ、塾の先生ってストレートにここが悪い、あそこが悪いと言いますでしょう。子どもが萎縮しちゃったり、傷ついたりした場合は塾を変えなさいと言います。塾は、悪いところを指摘されるためではなく、自信をつけるために行くのですから。
それから、小さいうちに方向を決めなくてもいいと思う。私立の小学校を受けてだめだったと嘆く方もいらっしゃいますが、賢いお母さんはそんなことありません。頭を切り替えて、中学受験が楽しみ、高校受験が楽しみとやっています。
基本は家庭ですから、家庭での教育をしっかりやっていれば、学校はどこでもいい。そのときそのとき最善を尽くせば、それでいいと思います。
―その人の考え方一つで、どうにでもなると。
三井 主人の転勤が多く、うちの長女は幼稚園から大学院まで9つ学校を変わっていますが、たくましいですよ。私よりずっとしっかりしています。
そこで、来年の4月から園長を代わってもらうことにしたんです。学校法人ですから世襲じゃないんですが、園長ってフルタイムの仕事なんですね。それでいてお給料はそんなにもらえませんから、使命感があるというか、家業とでも思っていないとできない(笑)。
―確かに子どもが好きなだけでは勤まらない仕事でしょうね。
三井 私は、もともと子どもはあまり好きじゃなかったんです。言うことを聞かないのは耐えられなかった。それが今では、心から楽しんでいます。
―どうして幼稚園に関わることになったのですか?
三井 私の里の母が幼稚園をやっているものですから、はじめはそっちを手伝うつもりで、資格を取ったんです、夜学に通って。
そうしたら婚家先も幼稚園をやっていた。気がついたら名簿に載っていて、有無を言わさずこっちに(笑)。
―幼稚園に携わってこられて、一番の喜びはどんなことでしょう。
三井 やっぱり子どもが信頼してくれて、心と心の絆ができた瞬間でしょうね。それはもう何事にも代えがたい喜びです。
私、保育って心意気だと思っているのね。子どもたちに、私たちの意気が伝わってほしいと願っています。
生まれてきたからには、
人の役に立つことが大事
―少子化が問題になっていますが、やはり今の環境で子どもを生んで育てるのは大変ですか。
三井 子どもを育てるって、身を切られるような辛い思いもしますが、感動も多い。
仕事を持つお母さんも増えていますが、子育てよりも重い仕事なんてあるかしらと思います。おじいさん、おばあさん、みんなに協力してもらって、子育てを楽しんだらいいと思います。
―親身になってくれる人がそばにいればいいのですが。
三井 確かに、最近はおじいさんもおばあさんも働いているケースもありますからね。
でも、ずっと続けていなければならないような仕事ならやむを得ないかもしれませんが、お母さんが社会とのつながりを求めるために仕事をするのだとしたら、ちょっとまってほしい。
せめて子どもが小学校に上がるまでの6年間くらいは、自分を磨くための充電期間と考えて、子どもと向き合ってほしいですね。
―こちらのように人気の高い幼稚園はともかく、閉鎖する幼稚園や保育園もあると聞きます。
子どもの数が減って、辛抱しなきゃならないことだってあると思いますが、世の中の流れに迎合しないで、思っていることを表に出して言えているなんて、私は本当に恵まれていると思います。
―「私は恵まれている」とおっしゃいましたが、それを自覚していらっしゃることがすばらしいと思います。
三井 「足ることを知る」って大事でしょう。それから「分をわきまえる」ということも。卒園生たちによく言うのは、「派手な仕事をして、成功して、お金を儲けることがいいことじゃない。人の役に立つ縁の下の力持ちが一番大事なのよ」ということ。奉仕の精神なんていうとオーバーだけれど、生まれてきたからには、人に尽くすこと、人の役に立つことが大事だと思う。
うちは、いわゆるお勉強は全然しないんですけれど、人の言うことを集中してよく聞くこと、聞いたらよく考えること、人から質問されたら誠意を持って、敬意を持って返事をすること、というのは厳しく言っています。
恥ずかしいからと黙っているのは、自分の心が優先しているからでしょう。相手のためを思って答えるってすごく大切だと思います。
―世のため、人のためになる新しい何かを期待しています。
三井 今、世の中の一番役に立つことは、保育園かなと思うのね。それから障害のある人たちのための養護学校。でも、やるべきだと思いながら、目の前にある仕事に追われているのが現状です。
<プロフィール>
1940年、学習院大学名誉教授、林友春・貞子夫妻の長女として生まれる。母、貞子さんは名門幼稚園のひとつである「松涛幼稚園」の創立者。三井之乘氏に嫁ぎ、ロンドン、メルボルン、米国ノースカロライナに滞在。40歳から「若葉会幼稚園」の運営に携わる。「若葉会幼稚園」は昭和4年、三井家一族並びに財界関係者で、幼児教育の重要性を知る者の子弟を対象に設立。戦後、幼稚園が学校教育の一環とされたのを機に、学校法人を設立。広く門戸を開放した。1986年4月、園長に就任。