行政と住民の「協働」がポイント
東京都大田区長
松原 忠義氏
議員から区市町村の首長に転身する例が最近増えている。昨年4月に大田区長に就任した松原忠義氏もそのひとり。区議会議員、都議会議員を歴任した後、区長として新たな一歩を踏み出したが、羽田空港の跡地利用、東京のものづくりを支える中小企業支援といった課題に対して時機を逸することなく対応策を実施している。そんな松原区長に区政に関する忌憚ないお話をうかがった。
(インタビュー/遠藤 直彦)
観光資源として
中小企業の技術力を活用
――昨年4月に大田区長に就任なさいましたが、区長になった感想は。
松原 最終的な責任が自分にあるということを実感しています。
議員だったころと比べると責任感についての意識が大きく変わりました。区長の立場になって、改めて自分の公約をきちっとやらねばならないと思っています。
議員の立場のときは、どちらかというと喋るほうがメインでしたが、行政府としての区長の責任は重大ですね。
――区議、都議の頃とは比較にならないと。
松原 ええ、決定的に違います。対外的な面でも、私が決断を下さなくてはならない場面が多いです。
――お忙しく活動なさっていると思いますが、区民との意見交換も活発になさっているようですね。
松原 今まで区民と区長との懇親会を、高齢者と女性を対象にそれぞれ2回ずつ行ったのですが、趣旨を変えようということで、一般区民と若者との会も新たに対象に加えました。6日には観光施策について一般区民の方の意見を聞きました。
――観光施策では現在、振興プランを策定中ですが。
松原 大田区は空港があっても、通過点ということで人が寄り付かないでいました。
何とか区の魅力を作り出そうと、区内各地区の魅力づくりを進めようと思っています。私たち大田区民から見た区の魅力と区外の方が見た大田区の魅力とのギャップにヒントがありそうです。
――大田区の中小企業が持つ技術を観光資源として活用すべきだという意見がありますね。
松原 区内の工場の見学者も多いですし、区内の中学生も社会体験の一環で見学に来ています。また外見は普通のマンションですが、中には48の工場が入居している「工場アパート」もあります。
羽田空港の国際化が実現すれば外国からのお客さんを対象にした見学コースも考えたいですね。
私は羽田空港、JR大森駅、JR蒲田駅、それに大森海岸に整備した人工海浜「大森ふるさとの浜辺公園」に囲まれたエリアを、国際都市のイメージで整備したいと考えています。
空港跡地は53ヘクタールありますが、その跡地とリンクしたまちづくりを進めたいですね。
国際化される羽田空港は
都市間競争の窓口
――羽田空港の跡地利用について区のプラン(羽田空港跡地利用OTA基本プラン)がまとまりましたが。
松原 大田区と他の自治体の決定的な違いは空港があるということです。
国内最大の空港が2年後には国際化されます。グローバルな経済競争が進めば、都市間競争も進みますが、その都市間競争の窓口となるのが羽田空港なんです。
空港跡地は3つのゾーンに分けて特色ある地域とすることを目指します。競合することなくそれぞれのゾーンが持ち味を活かすようにまとめました。
整備主体は「3者協」で協議することになっていますが、OTA基本プランは、大田区の市街地に隣接し、まちづくりに最も関係の深い第1ゾーンを中心に、その土地利用の基本的な考えをまとめました。
第1ゾーンには文化交流や産業支援施設、多目的広場や緑地を整備し、公共性の高い跡地利用とする予定です。
羽田空港をどう活かすかは東京都にとっても大きな問題ですし、首都圏全体の問題です。
――羽田空港の国際化は日本の国際競争力の強化に貢献しますね。
松原 羽田空港は北海道から沖縄まで、日本国中の人が利用できる空港であると同時に国際化でアジアへのアクセスも容易になります。韓国なら2時間、香港や上海なら4時間で行けるので日帰りも可能となります。
アジアとアメリカにはさまれた日本が今後、どのように生きていくかということを考える必要があります。今回の金融不安を見ていると、アジアの新興国が強くなっているという感がします。日本は文明も発達しているので、いい意味でリーダーとしての存在感が示せると思います。
――金融不安に対応するため、区では独自の制度融資を開始しましたね。
松原 今年1月から景気が落ち込みはじめ、その後、様子を注意深く眺めてきましたが、改善の兆しが見えず、9月になって世界的な金融不安が生じました。
大田区は中小零細企業が圧倒的に多いので、何とか踏みとどまってもらうために、3年間無利子で1千万円を上限にした制度融資を開始しました。何とか中小企業の経営者の方々に頑張ってほしいです。
――区民の安全・安心確保に向けた取組みはいかがでしょう。
松原 地域が行政に求めるものと、区政または都政が住民に要求するものは8割が同じで、その8割の中で防災や防犯が常にトップに来ます。治安対策や防犯対策を公約の中に取り入れています。
また、教育の問題を解消するためにも地域の方の協力が不可欠ですから、家庭と地域と学校の連携も重要だと思います。
まちの元気を掘り起こし、
個性をどう引き出すか
――地域との連携が今後の施策展開のキーワードですね。
松原 大田区には18の出張所がありますが、地域のことはそこに住む人が一番良く知っていて、街をより住みやすくするためのポイントは住民の方がよく分かっている。そういうものを引き出していくために、地域力というものを考えています。
大田区の基本構想をまとめる際、元東京都副知事の青山
行政と住民が一緒に考えていくということは、地方分権にもつながります。グローバルな時代を迎えるからこそ、地域の存在価値が出てきたのではないでしょうか。行政と住民による協働の時代に入ると思います。
――大田区と他区との差別化を図る施策などについての考えは。
松原 これからの自治体は、その個性をどう出していくかが重要だと考えています。
大田区は151もの商店街を有しています。これは他区では見られない特徴ですし、まちの元気はまだまだ掘り起こせると思っています。また住民の協力度も非常に強いですね。
「こらぼ大森」という施設では、学校の建物を地域が活用し、高齢者の給食事業や児童館の運営などを行っています。地域の力の具体的な例ですね。
――石原知事は「東京から日本をかえる」をキャッチフレーズにしていますが、区長のお話を聞いていると、「大田区から東京を変える」という意気込みが伝わってきます。
松原 大田区は最先端なんですよ。極端なことを言えば、空港跡地は長崎の出島のようなものにしたい。世界中から人、物、情報が集まってくる集積地にしたいですね。
インターネットが発達しているおかげで情報が瞬時に世界中に届きますので、インターネットだけで事足りることもあるかも知れません。しかし国際会議など人間と人間が触れ合う必要があるときに、また金融、貿易のロケーションとしても、空港跡地が活用できればと思います。
――最後に区長の一日の仕事の流れを簡単にお話しいただけますか。
松原 その日によって違いはありますが、毎朝8時10分頃に自宅を出て、車を使わず30分ほど歩いてきます。健康法ということでずっと続けていますよ。
8時45分頃にミーティング、9時からは面会に来られた方の対応などにあて、以後約15分刻みのスケジュールをこなしています。
<プロフィール>
昭和18年2月8日生まれ。早稲田大学法学部卒業。昭和58年大田区議選に出馬し当選。以後3期務めた後、平成9年の都議選に出馬し当選。3期目の途中で辞職したのち、平成19年の区長選に出馬し当選、現在1期目。常に区民の気持ちを代弁し、リーダーとして間違いのない区政運営にあたることをモットーとしている。趣味はウォーキングと読書。「景色を眺めながら歩いていると癒される」と語る。読書は1週間に4冊のペース。最近は地域おこしに関する本を読んでいるという。