2008年9月20日号
ワインをたしなむ喜びを
日本の皆さんに知ってほしい

パリ・ワイン博物館

館長

オリヴィエ・クロザ

 ホテル=レストラン業養成スクール在学中、当時ソムリエ世界チャンピオンであったポール・ブリュネ氏と運命的な出会いを果たし、ソムリエになる決意を固めた。ヨーロッパ各地の有名レストランでソムリエとしての実力を発揮。その才能と社交性を見出され、1992年にパリ・ワイン博物館の館長に抜擢された。以来、世界各国からやってくる観光客にフランス・ワインの素晴らしさを伝える一方で、その普及のために世界各地を駆け回っているオリヴィエ・クロザ氏にお話をうかがった。

(インタビュー/津久井美智江)

ワインを飲むということは、
その土地を知ることです

――パリ・ワイン博物館はとても長い歴史があるとうかがいました。

ワイン博物館はレストランも併設している

ワイン博物館はレストランも併設している

クロザ館長  パリの西側、セーヌ川に面したところに位置する修道院のワイン貯蔵庫だったところを改装して使っています。時代は15世紀にまで遡ることができます。

 鉄分を多く含む地下水が湧き出ていたこともあり、18世紀にはパリの上流社会の人々の間で、湯治療法に使われていました。住所(フランスでは全ての通りに名前がついている)が「水通り(rue des Eaux)」となっているのもその名残です。

――フランス・ワインの歴史や文化が詰まっているわけですね。

クロザ  歴史的に見ますと、フランスのワインというのは、宗教、つまりキリスト教(カトリック)と深い関係があり、それによって支えられてきました。街を発展させるために、修道院はブドウの木を植え、たくさんのワインを生産していましたが、最初は、主にミサや聖体拝領などの式典に使われていました。これは、ワイン文化を支える大切な要因の一部ではありますが、現代のフランス人は、ワインのお祭り、お祝い的な要素、そして、医学的な要素を取り入れて、ワインを支えていると思います。

――オーストラリアやチリなどの南米でも、すばらしいワインが作られるようになりました。ユーロの値上がりもあり、フランス・ワインは苦戦を強いられているのではないでしょうか。

クロザ  現在、フランスのライバルともいえるオーストラリアや南米では、広大な土地でブドウを栽培し、しかも大規模な工場で大量のワインを作っています。ですので、同じような品質のワインであっても、値段は非常に安くなるわけです。

 フランスが苦しんでいるとすれば、それはワイン作りに関してというよりも、むしろ非常に厳しい法律のためでしょう。

――しかし、それらの法律のおかげで、今まで品質が保たれ、フランス・ワインたらしめているのではないかと思います。

クロザ  おっしゃるとおりです。フランス・ワインには、次のような哲学があります。『ワイン作りをするには、その土地を大事にしなさい。ワインを飲むということは、その土地を知ることです』

 つまり、「シャンパーニュを飲むということは、シャンパーニュ地方を知り、そこで作られた発泡酒を味わう」ということなのです。他の土地では決して「シャンパーニュ」は作れません。

 しかしながら、オーストラリアや南米などでは、似たような発泡酒が作られています。それは、非常に商業的なやり方、すなわち消費者の味覚や好みを研究し、それに基づいて商品を作っているということです。しかし、フランスでは、決してそういったやり方はしません。

――日本にも、その土地でとれたものを、その土地で消費する「地産地消」という言葉があります。

クロザ  すばらしい哲学だと思います。しかし、経済的に考えると、決して簡単にできることではない。しかも、現在ではモノがあふれていて、どこにいても、どんな時でも、自分の食べたいもの、飲みたいものが手に入ります。もちろん、人々のニーズに応えて、“土地のもの”を作り、提供する必要はあるでしょうが、その際は消費者が「何を選ぶか?」ということに細心の注意を払うべきでしょう。

ワインは一人の人物
地方によって気質も異なります

――館長が一番好きなワインは?

クロザ  この手の質問はよくされるのですが、いつも困ってしまいます(笑)。なぜかと言いますと、今、美味しいワインに出会ったとしたら、それが私の大好きなワインになるでしょうから。

 強いて挙げるならば、ブルゴーニュ・ワインでしょうか。その理由は、「好奇心」です。つまり、ブルゴーニュ・ワインというのは、神秘的で繊細、時に完璧であり、豊かさを備えている。そのために、直感的に把握するのが、非常に難しいのです。

 ボルドー・ワインの魅力は、テイスティングの際に友人たちと語り合う喜びがあることでしょうか。もちろん技術的なことを語るだけではなく、ボルドーを機縁として話に花が咲くのです。

 フランス・ワインではないのですが、私にとって最高の思い出があります。ちょうど20年前、ワインの価値が分かりはじめた頃ですが、あるパーティでビンテージのポルトワインをいただきました。すばらしいパーティが、ワインをいっそう引立てたのです。普通に「偉大なるワイン」を試飲したとしても、それほど印象には残らなかったでしょう。

――ブドウの種類や技術面よりも、ワインそのものの歴史や自分の人生との結びつきのほうが、重要なのでしょうね。

クロザ  そうですね。フランスでもプロのソムリエは、まずワインの技術的な側面を語りますが、そればかりを話題にするのは、あまり感じよいものではありません。

 年代を特に話題にするのは、私たちは、一つ一つのワインを「人物」として見るからなのです。ワイン=人物をきちんとした言葉で表現できないと、飲み手を感動させることはできません。

――ワインを人物として扱うとおっしゃいましたけれども、ボルドー気質とか、ブルゴーニュ気質とか、地方によって個性が現れるのでしょうか。

クロザ  とてもデリケートで難しい質問ですね。ボルドー・ワイン、特に赤は、男性的であるととらえています。それも非常に特徴のある力強い人物。一方、ブルゴーニュ・ワインは、女性的だと思います。さっきも言いましたように、神秘的な面をもっていて、すぐに姿を現さず、控えめで、しばらくひき留めておきたい……。これは、私の非常に個人的な意見ですが(笑)。

好奇心を持ち、幅広く飲む
それがより深くワインを知り、愛する秘訣

――最近、特に中国でワインが投機の対象になっていると聞きます。そのことに関して、どう思われますか。

クロザ  残念なことです。実際、人の目に触れたことのないワインが存在するんですよ。その価格たるや、非常に高価なものになっています。私がワインを買うのは、もちろん「飲むため」ですが、私もワイン醸造者もシャトーのオーナーも、価格の高騰に対して成す術はありません。このようなワインは、世界をめぐりめぐって、いずれアメリカやロシア、中国に到着し、そこでまた値段が吊り上げられています。

 時に美術絵画にたとえられますが、ワインは絵画ではありません。生き物なんです。50年もしたら死んでしまうものだってあるのです。

――ワイン博物館の役割としては、まず中国人にワインの価値を教えることではないでしょうか。

クロザ  私が繰り返し言っていることは、「ワインは分かち合うもの」ということです。フランス人の内輪だけでワインを語るのではなく、広く語っていかなければなりません。

――それにしても、高級フランス・ワインは、世界のほんの一握りの億万長者以外には、高くて手が出せません。

クロザ  あるレベルの値段までたどり着いた後に、何がそのワインの品質を証明できるでしょうか。例えば「シャトー・ラッフィット2005年」がネゴシアン(仲介者)によって250ユーロで売られたものが、1カ月後には500ユーロの値をつけて売られています。

 また、別の例を挙げるならば、世界で最も高いワインの一つ「ロマネ・コンティ」は、5000ユーロ以下で売られることは稀といわれています。しかし、同じブドウの木で1メートル隔てた隣の畑のワインは、たったの500ユーロ。10分の1の値段ですよ。それは、果たしてロマネ・コンティの10分の1以下の味なのでしょうか?

 自分自身が納得できる値段はいったいいくらなんでしょう。100ユーロ? 500ユーロ? その価値をどうやって証明できるというのでしょう?

――日本人は得てして「これは高いからいいワインだ、美味しいワインだ」と、値段や肩書きで判断しがちです。ワイン博物館の館長として、日本人に伝えたいこととは?

クロザ  ワインをたしなむことの喜びです。値段にかかわらず、時には非常に安いワインがその人にとって、とても美味しいワインでありうるのです。それこそが、私がアピールしたい点で、「高いからこそ価値がある」というのとは別の基準です。

 もしも私が大金持ちで、毎日ロマネ・コンティばかり飲んでいたら、飽きて嫌いになってしまうでしょう。たとえそれが、どんなに最高のワインだったとしても……。

 そして、「さまざまなワインに好奇心を持っていただきたい」ということです。ワインを幅広く飲むことで、本当にワインを知り、愛することができると信じています。


 *  *  *


クロザ  では、今からテイスティング(試飲)をしましょう。

 これはボルドーのメドックのものです。2004年。

――たいしたワインではないんじゃないですか?

クロザ  いけませんねぇ、飲む前に決めつけては。さっきもお話したでしょう。

――話してもいない人物=ワインを、事前に判断してはいけない、ですね。

クロザ  では、『乾杯!』『ア・ヴォートル・サンテ!』

 技術的なことをいいますと、テイスティングは「見る」「嗅ぐ」「味わう」の順に進めていきます。そして、「語る」のです。なぜなら、ワインは一本一本違った個性があるので、その違いを感じ取らなければなりません。もし、ワインがコーラのように味が規格化されているならば、テイスティングする必要はありません。味が皆同じなのですから。ワイン・テイスティングの醍醐味は、ほかのワインとの違いを知るということなんです。

――(さっさと飲んで)美味しいです!

クロザ  そうですね(苦笑)。ワインを飲むことは喜びなので、「頭を使う」必要はなく、素直に美味しく味わう。それでいいのです。


<プロフィール>

オリヴィエ・クロザ Olivier CROZAT パリ・ワイン博物館 館長
1968年、フランスヴォージュ地方(ワインのできない土地!)に生まれる。アルザス地方ストラスブールの有名なホテル=レストラン業養成スクール(Ecole Hotelire de Strasbourg)を卒業。そこで、当時ソムリエ世界チャンピオンであったポール・ブリュネ氏(Paul BRUNET)と運命的な出会いを果たし、師事する。フランスを主軸に、ドイツ、スイス、イタリアなどヨーロッパ各地の有名レストランでソムリエを勤める。1992年に現職に抜擢。フランス・ワインの普及に努めている。今回の来日で、日本のワインを各種テイスティングし、想像以上の品質の高さに驚いたという。また、日本人の穏やかで、繊細な気質、そして日本という国の「あらゆるものを受け容れる」精神に感動し、また何度でも来日したいと語っている。



 パリ・ワイン博物館

 ワインの製造過程はもちろん、テーブル・セッティング、伝統的な祭事など、さまざまなコレクションを展示。ワインについて一から学ぶことができる。また、フランスのすべての産地のワイン300種類を取り揃えており、テイスティング付きのガイドツアー(要予約)も各種用意されている。パッシー修道院のワイン貯蔵室を改造したレストランでは、伝統的なフランス料理が味わえる(要予約)。

住  所:Rue des Eaux 5, Square Charles Dickens

TEL:01―45―25―63―26

営業時間:博物館10〜18時、月曜休館。レストラン12〜15時、日・月曜休み

URL:http://www.museeduvinparis.com/

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