先の先を読む経営で
100年、200年続く企業をつくる
大和ハウス工業株式会社
代表取締役会長・CEO
樋口 武男さん
瀕死のグループ会社を再生。本体の社長に就任するや数々の改革を打ち出し、奇跡のV字回復を果たす。創業者・石橋信夫という希代の事業家を人生の師と仰ぎ、その意志を継いで人材を育て、先の先を読む事業展開で、ついに業界トップに導いた。大和ハウス工業会長・樋口武男さんに熱き経営哲学をうかがった。
(インタビュー/津久井美智江)
企業は人なり
人が代われば業績も変わる
――ユニークなコマーシャルで注目されていますね。
樋口 確かに最近「面白いコマーシャルですね」と言われますし、ブランドイメージも上がってきたという感じがします。
要は人が変わったんですね。総合宣伝部の責任者を新しくした。支店長経験者ですから、第一線がどういうことを望んでいるか、彼自身がよう分かっとる。それから若い時から広告宣伝の仕事をやりたいと言っていた。“好きこそものの上手なれ”やないですけれど、好きでやっているから、広告宣伝というものを通じて何が会社にプラスになるか真剣に考えとるんでしょう。
――担当者が一人代わっただけで、がらりと変わるものなんですね。
樋口 “企業は人なり”とは昔から言われていることですけれども、同じ人間でも、やる気がなければ赤字になるし、その気になったら業績も伸びる。適材適所もありますけど、大和団地の再建に携わってみて、一人ひとりが使命感を持って、仕事に惚れて、やるかどうかが大事だと痛切に感じました。
――再建どころか、売り上げも倍増されました。
樋口 どんな業界でも好不況があります。だけど、まったくゼロになったという業界はない。勝ち残るというか、勝ち進んでいく会社には、やっぱり先の読めるしっかりした経営者がおるんですね。
50年続く企業は4割、100年続く企業は3%と言われます。50年過ぎたらたいてい創業者はいない。息子が継ぐ場合もあるし、その中で育った人間が継ぐ場合もありますが、息子であっても他人さんであっても、その経営者がしっかりしてないと会社をつぶすことになる。だからやっぱり人やと思います。
――次の人材というのは早い時期から目星をつけ、特別な英才教育をされるのでしょうか。
樋口 育てることも必要ですけども、人を見つけるんがものすごいエネルギーが要る。40過ぎて、これから育てるいうたってね、そんなに大きな変化はない。まずは、人を見つけることです。
大和ハウス工業の創業者、石橋信夫さんに「大和団地の再建をやってくれ」と言われた時、「そんな器やないし、勘弁してください」と本気で言うたんです。そうしたら烈火のごとく怒りまして、ひとくさり怒鳴り散らしてから、「山口支店でええ経験したやろ。福岡で苦労したやろ」と、何十年も前のことを、口調を変えて優しく語り出した。そして「昨日や今日の思いつきで言うとると思うとるんか。ずっと見てきたんじゃ」と言われた時にね、これはもう外堀を埋められたと。観念して「そこまでおっしゃっていただいたら男冥利に尽きます。ベストは尽くします」と返事してました。
自分では意識してませんでしたけど、ずっと試されていたんでしょうな。
――次を託す人材の決め手となるのはどんなことでしょう。
樋口 先見力、統率力、判断力、人間力の4つ全部クリアできるかどうか。そして公平公正であるか、ロマンをもっとるか、使命感があるか―いろんな角度から僕なりに○×△をつけ、最後に「お前は運の強い人間と思うか」と本人に聞く。「私はあまり運の強い人間ではない」と言ったらペケですわ。運の悪いヤツに任せたら絶対にあかん。創業者もいつも言うてました。「わしは運の強い男や。だから一代でここまで来れた。樋口君もな、運の強い人と付き合えよ。運の悪いヤツと付き合うたら、運、とられるぞ」と。ほんまにそのとおりやと思います。
今すぐ環境問題に手をつけないと
経済が成り立たなくなる
――先を読むとおっしゃいましたが、創業当初のミゼットハウスや交通安全陸橋、最近ではCO2の排出を減らせる「ジーヴォ(xevo)」という家など、まさに時代のニーズに即した商品を提供し続けています。
樋口 形になりつつあるものに、介護・福祉用自立支援ロボットスーツ「HAL」があります。サイバーダイン株式会社が研究・開発したロボットで、量産化に向けて今、茨城県つくば市に工場を建設しています。
それから、地球規模の環境とエネルギー問題に対応するために、リチウムイオン電池の開発を手がけています。
「ジーヴォ(xevo)」はそれまでの常識を覆して、外壁を外張り断熱でなおかつ通気ができるようにしたことによって13%のCO2削減になった。そこに太陽光発電を搭載すると3割の削減。4人家族の一般家庭の1日の電気消費量は16キロワットアワーと言われていますから、18キロワットアワーの電力が貯蔵できるような大型のリチウムイオン電池を開発すれば、太陽光で一般家庭の電力はまかなえるんですね。
太陽光発電と外張り断熱通気外壁の工法とリチウムイオン電池を普及させたら、6割くらいのCO2は削減できるはずです。
――家庭生活から出るCO2は増え続けていて、なかなか減らすのが難しい。
樋口 1990年対比で36・7%増えとるんです。昔はテレビは家庭に1台、その前はラジオしかなかった。贅沢になるということはね、CO2の発生を増やすということなんです。
今、世界のCO2の発生量は271億トンです。自然界が吸収できるのは135億トンくらいですから半分なんですよ。
この100年間に気温が0・74度上がり、地球の温暖化が問題になっとりますが、イギリスの経済学者、スターン博士のレポートによれば、今すぐに手を打ったら世界のGDP(6000兆円)の1%、60兆円の対策費で済む。しかし、2度以上上がったらGDPの2割を充てても抑えられるかどうか分からないそうです。ということは1200兆円ですよ。そうなったら経済そのものの発展はなくなってしまいます。
だから、今すぐ環境問題に手をつけなければ、とんでもないことになると危機感を持っています。
企業の100年先を見据え
先の先を読む
――企業の将来についてはいかがですか。
樋口 大和ハウスグループの仕事は今のところ、全部国内産業なんです。少子高齢化が進んでいる日本では、大きくするにしても限界がある。企業を成長、拡大させるにはグローバルマーケットに攻めていかないかんと思うています。
そこで考えているのが農業の工業化。世界の人口は今66億ですけれど、2050年には93億になると言われています。現時点ではなんぼ改良しても80億そこそこの人間しか養えない。完全な食糧危機になる。
そうなってくると砂漠の緑化もせにゃいかんし、砂漠で米とか麦ができるようにせにゃいかん。
創業者は建築の工業化をやりましたので、僕はぜひ農業の工業化をやってみたい。将来の食糧危機の救済になればと、今チャレンジしているとこです。
――リチウムイオン電池で環境とエネルギー、ロボットスーツで介護と福祉、農業の工業化で食糧危機と、まさに私たちが直面している問題に取り組んでいらっしゃるのですね。
樋口 亡くなる前に創業者が、僕によう言った言葉は「先の先を読め」ということ。本人も生きていないし、僕も生きていない100年先の夢を託されたんですな。要するに、僕が元気なうちに種まきをして、育て、将来の柱になるような事業をつくっておいてくれいうことです。
農業の工業化もそうですけど、だんだん生活レベルが上がってくると海も汚染されてきますから、これからは漁業も工業化していくことになるでしょう。今や山の上でヒラメ飼えますからね。日本のように狭い国にゴルフ場は2500カ所もいらんから、養殖場にするのもええ。お世話になった創業者の想いを考えると、まだまだいろんなこと挑戦せないかんなと思う。
40、50年たった後、その時は僕も死んでるやろうけども、「ああ、こんな先駆者的なことをやってくれとったんやな」と後に続く人たちが感謝してくれたら、ハッピーですな。
<プロフィール>
ひぐち たけお。
1938年、兵庫県生まれ。61年、関西学院大学法学部卒業。63年8月、大和ハウス工業入社。84年、取締役就任。89年、常務取締役。91年、専務取締役。93年、大和団地株式会社代表取締役社長。2001年4月、大和ハウス工業代表取締役社長。04年4月、代表取締役会長兼CEO。