司法と医療をつなぐ
架け橋になりたい。

メディカルリサーチ株式会社 代表取締役 圓井 順子さん
幼い頃から看護師を志しながら地元の短期大学へ進学。一度は他業種に就職するも、夢を諦めきれず25歳で看護専門学校に入学。資格を取得したが、医療機関はそれぞれ専門性や立場が異なるため、チーム医療に限界を感じた。それで、医師・看護師のいる医療現場と事務部門との間に立ち、両者の円滑な連携を図るコミュニケーションハブとしての役割を務めてきた。現在は高齢化社会の課題解決に医療分野で貢献するメディカルリサーチ株式会社代表取締役圓井順子さんにお話を伺った。
医療画像鑑定で司法と医療をつなぐ 日本初の民間の法医学施設を設立。
—“医療鑑定で司法と医療をつなぐ”会社ということですが、具体的にはどういった事業なのでしょう。
圓井 メディカルリサーチ株式会社は、医療調査会社として、裁判所、弁護士、そして保険会社からの依頼を受けて、医療過誤や交通事故による後遺障害、死因の精査など、日常生活で発生するさまざまな事故について、医学的な観点から精査を行っています。
例えば、交通事故で首に痛みが生じた場合に、MRI検査が実施されます。その画像を診断して、これは事故によるものなのか、あるいは加齢に伴う変性によるものなのかといったことを精査していきます。MRIやCTなどの画像が指し示す客観的な所見は、私たちの業界では特にこうした事実の解明や評価に幅広く活用されるようになっています。これを「画像鑑定」と表現しているのですが、この言葉は、実は弊社から始まった業界用語なんですよ。
それから、特に近年は、高齢者の相続問題に関連した遺言作成時の認知機能の鑑定や、これから遺言書を作成する高齢者の私的鑑定(意思能力R鑑定)にも力を入れています。
—では、なぜこのような業態の会社を作ろうと考えられたのですか。
圓井 メディカルリサーチの創業は2011年ですが、これよりも以前から弊社顧問医である佐藤俊彦先生の基には画像鑑定の相談が多く持ち込まれていました。
医療は病院の中だけで終わるものではない。これら社会課題に応える会社を作ろうということで設立となりました。そして、創業時からご指導をいただいたのが寺井一弘弁護士です。
寺井弁護士は「法テラス(日本司法支援センター)」の設立に深く関わり初代理事長を務められ、日本弁護士連合会(日弁連)や東京弁護士会、関東弁護士会連合会などで要職を歴任されてきた先生です。寺井先生は、「警察には科捜研(科学捜査研究所)があるけど、我々弁護士にはそういうものがない。僕も全面的に応援するから、民間で法医学を担う施設を作ってほしい」。この言葉通り、寺井先生は弊社の成長を常に見てくださいました。
ただ、この事業は人の不幸の上に成り立っているような側面があります。利益だけを強く求めるような株式会社であってはなりません。そこで医療的なマインドを持った人間で会社は構成すべきだと考え、すべての実務を医療のエキスパート集団で対応しています。
弁護士からの依頼に対応する看護師は3年以上の臨床経験を必須としています。鑑定を行う医師は総勢100名以上で専門医や指導医の資格を有し、大学教授を務めるなどの豊富な経験を有しています。
—看護師の方が窓口となっているのですか。
圓井 医療は疾患や治療法ごとに専門化・細分化されていますので、持ち込まれた事案ごとに、どの科目の専門医に依頼するかというオペレーションがすごく重要なんですね。また、場合によっては「循環器科だけでは足りない、脳外科の先生にもお願いしたほうが良いのでは」という事案もあります。そのアセスメントは看護師だからこそできる。
さらに弁護士にも医療の解釈を説明しないといけないシーンがたくさんありますので、コミュニケーション能力も求められます。弊社のスタッフはみんなバランス力のある看護師だと思います。

弁護士に向けた医療画像鑑定セミナーも行っている

子連れ出勤の様子。ライフステージや状況に応じた職場環境を提供
ライフステージが変わっても 女性が働ける環境を作りたい。
—ご自身も看護師の資格をお持ちなのですね。看護師になられたきっかけは?
圓井 私は物心ついた時からなりたい職業は看護師一択でした。でも、当時はバブル期でもあり、親に「看護師は3K(きつい、汚い、危険)だ」と制されて、一般企業に就職したんですけど、看護師への思いが捨てきれず胸の中に残っていて、一念発起、仕事を辞めて看護学校へ入りました。
—看護師の資格を取得して、実際に現場で働かれたのですか。
圓井 看護師への憧れが強すぎたのか、現場や実務とのギャップを感じてしまいました。そこで資格を活かしながら事務部門でマネジメントができる仕事をしようと思いつきました。病院の事務部門は医療現場を支える要なんですね。それなのに医療用語を知らないがために医師を含む専門職と話ができない。それなら私が看護師としての知識を活かして、相互間の通訳みたいな役割が担えれば、もっと病院経営って良くなるんじゃないか。もしかしたら、そこに自分の活躍できる場があるかもしれない。そして新たな看護師の活躍の場にしていきたい。そう思うようになったんです。
—その時に先ほどの佐藤先生に出会ったと。
圓井 そうです。2000年初頭です。コロナ禍で、みなさんは遠隔診断という言葉をよく耳にされたかもしれませんが、佐藤先生は1995年にその仕組みを作られていました。当時の私は遠隔画像診断にとても感銘を受け、どうしても佐藤先生と一緒に働きたいと思い、兵庫から上京しました。
その後、2012年に佐藤先生が東京にクリニックを開院することになり、2人でクリニックをスタートさせました。当時は予約や受付から会計も全部一人でやってました(笑)。
—看護師の活躍の場を広げるきっかけになったのではないですか。
圓井 実は、まさに私がやりたかったことなんですよ。看護師は圧倒的に女性が多い職種です。看護大学を卒業して22歳で資格を取得し働き始めると、結婚・妊娠・出産などライフステージの変化が次々と訪れます。病院勤務では二交代制や三交代制といった交代勤務が一般的で、不規則な勤務や夜勤が生活リズムを乱しやすく、流産のリスクも多職種と比較して2倍だといわれています。本当に看護師にとって仕事とプライベートの両立は大きな課題です。
看護師がいきいきと働き続けるためには、無理なく仕事と生活を両立できる職場環境の整備が必要なのです。
例えば看護師が子どもを持った際にはデスクワークなどの負担の少ない働き方を選び、子どもが成長したり、独身の間は医療現場で活躍する。このように、ライフステージや状況に応じて柔軟に働く場所を選べる包括的な環境を提供できれば、看護師の離職率は減少し、さらには多くの潜在看護師が再び活躍できるのではないでしょうか。弊社のように、現場を離れても看護師としての経験や知識を活かせる仕事の領域が存在することを、ぜひ多くの方に知っていただきたいと思います。

ポリオ常在国のパキスタンでワクチン接種活動に従事
高齢化社会の課題解決に 医療分野で貢献したい。
—業界で初めて認知症患者の意思能力(R)の鑑定も始められましたね。
圓井 厚生労働省の研究班によると、2025年の認知症患者数は約471万6000人、2030年には約523万人、2040年には、認知症患者に加えて軽度認知障害(MCI)の人も約612万8000人に達し、両者を合わせると約1197万人となる見通しです。
弊社は、2013年に相続問題に対して「意思能力R鑑定サービス」として本格的に提供を始めました。ちょうどその前後に相談された事案は、80代の会社経営者の父を持った息子さんでした。存命時の株主総会の決定事項や、遺言書の内容に異議があるということで、弁護士の先生と相談に来られました。私たちはその画像や病院のカルテ、介護保険の主治医意見書、介護記録、薬の処方内容などを徹底的に調べました。このように高齢者の起こす「意思能力R」問題というのは、第三者の立場で専門医が医学的に鑑定することがとても重要です。高齢者の多くは脳梗塞を疑って頭のMRIを撮っていますので、そういった画像も大変重要な手がかりとなります。
私が弊社の代表を務めることになったのは2016年です。その当時は私が社長をやって大丈夫なのか、鑑定事業という一本の柱で経営は大丈夫かと心配が先に立っていました。鑑定事業は弁護士や保険会社から依頼がなければ事業として成立しません。
そこで事業の柱を1本ではなく2本、2本ではなく3本で構成すれば、何か問題が起こっても事業が継続できるのではないかと考え、始めたのが高齢者領域の事業で、先述した意思能力R鑑定でした。
次に、これまでは被相続人の没後の事案ばかりを鑑定していましたが、これからまさに遺言書を書こうとしている方々に向けて生前の意思能力R鑑定も始めました。これだけにとどまらず高齢化社会の課題に医療分野で貢献したいと思い、佐藤先生と共にサプリメントの開発・販売を始めました。この当時、世界的な大手製薬メーカーが認知症薬の開発や研究を断念する中にありました。しかし日本は世界きっての超高齢化社会。治療薬がない認知症には、未病の段階のケアが重要だと思ったんです。
おかげさまで、コロナ禍でも事業成績を落とすことなく乗り切れたので、3本の柱があって本当に良かったと思います。
—これからも柱の数は増えていくのでしょうか。
圓井 はい、昨年、新たに不動産事業を立ち上げました。私たちが相談される相続の事案には必ずと言っていいほど不動産が絡んでいるんです。不動産のトラブルって、不動産会社と高齢者の契約時にも非常に多くて、実際、裁判になるケースもあります。なので、不動産会社の方々とネットワークを持ちながら、高齢者の方々との契約トラブルを防ぐためのあれこれを伝えていけたらいいなと思っています。
—最後に社長として大切にしていることは?
圓井 企業の成長と安定を実現するため、既存事業に加えて新たな収益源を確保するために事業の柱を増やすということは、どうしても弊害として私自身の時間を費やすということにもなります。そうなるとスタッフとの対話や交流の機会が希薄になりがちです。
ですので、これまで以上に彼女たちとの間にイベントを企画したり、交流する時間をとても大事にしています。1月末はみんなで湯河原温泉に行ったんですよ。社員旅行なんて嫌かなと思っていたんですが、聞いてみたら「行きたい!」って言うので(笑)。
コロナ禍が終わって、人と人とのつながりが再認識されています。幸いなことに、本当にいいチームに恵まれていい仕事ができているので、このメンバーでもっともっと高みに上がりたいと思っています。