ワインを通して東京の農産物の魅力を伝えたい。
野菜や農業に興味があり、大学は農学部へ。卒業後は大田市場で野菜の仲卸の仕事に就いた。「都産都消」プロジェクトに参加したことを機に東京の農産物に出会い、その魅力の虜に。東京の農業をアピールしたいと2年間の修業を経て東京初のワイナリーを設立した。株式会社HORIGO、東京ワイナリー代表の越後屋美和さんに、ワインづくり、東京の農業についてお話をうかがった。
ワインづくりを通して東京の農業を知ってもらい、地元のコミュニティを広げたい。
—2014年、東京初のワイナリーとしてオープンし、話題になりました。なぜワイナリーだったのですか。
越後屋 もともと野菜とか農業に興味があって、大学も農学部に進みました。卒業後は大田市場に入って、野菜の仲卸をやっていたんです。横浜出身ということもあり、東京に畑があるとか野菜が作られているというイメージがなかったのですが、東京の野菜を東京の人に消費してもらう「都産都消」のプロジェクトに参加したことをきっかけに、東京の農産物に出会いました。
初めて訪れたのが練馬の大泉学園で、東京にもこんなに畑が残っていて、一生懸命農業に取り組んでいる人がいるということを知って驚きました。東京という土地柄、畑はそんなに大きくないんですが、みなさん手間暇かけて野菜や果物を育てていて、それがすごく美味しい! 丁寧につくられた東京の野菜をもっと知ってもらいたい、そのために私は何ができるだろうと考えた時、ジャムやピクルスといった加工品でも良かったのですが、もともとワインが好きだったので、自分の好きなものをつくるのが一番だろうと、東京産のぶどうを使ったワインづくりを選びました。
東京産のブドウを使ったワインを飲みながら、東京産の野菜を使った料理を味わうというペアリングもやってみたかったですし、ワインづくりを通して東京の農業を知ってもらったり、地元のコミュニティを広げたりできたらいいなあと思ったんです。
—ワインをつくるにはいろんな資格が必要ですし、ハードルは高かったのでは?
越後屋 ワイナリーさんからは、東京でワイナリーなんて絶対できないと言われたりもしましたが、「絶対にできない」と言われると、「そんなことない」と。山梨大学の講座や広島の酒類総合研究所の研修に参加して醸造の技術を学んだり、山梨のワイナリーさんなどに頼んで、現場仕事に参加させていただいたりもして、私の中では「できる」と思ったんですよね。
ワイナリー設立にあたっては、いろんな方に面倒を見てもらい、応援していただいて、なんとか形にすることができました。
—思ったより小さいので驚きました。
越後屋 みなさんそうおっしゃいます。ここはもともと新聞配達所だったんですよ。ワイナリーというと後ろにブドウ畑が広がっているというイメージがあると思いますが、私がやりたかったのはワイナリーの縮小版というより、当時でき始めていた、まちの中にあるクラフトビールのブリュワリー。地元の人がふらっときて、そこでつくられたワインと料理を味わうことで、知らない人同士でも会話が生まれ、コミュニティに発展する、そんな場所がつくりたかったんです。
無濾過で、加熱殺菌もしていない、フレッシュな「生ワイン」が特徴。
—今は何種類くらいのワインをつくっているのですか。
越後屋 うちは多くて仕込みの種類としては100くらい。練馬はもちろん、八王子や清瀬など都内産のブドウからつくった「東京ワイン」シリーズのほか、山形や長野、北海道、青森などから買い付けたブドウでつくる「東京ワイナリー×日本の産地」シリーズがあって、年間で30~40種類、約1万本のワインをつくっています。
ブドウが届くと、梗(こう)を取って、潰して、タンクに仕込むのですが、多くの農家さんと契約しているので、ブドウが一度にまとまって届くことは少ないんです。特に東京の農家さんはそれぞれの生産量が少なくて、カゴ2つくらいで持ってくる農家さんもいるんですよ。なので、30キロで50本とかそういうロット。地方の農家さんだと1トン2トンと大きなロットなので、500本とか1000本とかできるんですけどね。
シーズンの8月中旬から11月くらいは毎日のように新しいブドウがやってきます。いろんな工程を同時にやらなければならないので、とにかく大変です。
—ワイナリー自体はお一人でやってらっしゃるのですよね。
越後屋 はい。でも一人ではできないので、ボランティアさんに助けていただいて、みんなでやっています。やることは地味ですけど、ワインはやっぱり人の手でやったほうが美味しくなるので、その作業は手間をかけてやりたいと思って。
普通のワイナリーさんからすると、醸造所に人を入れるとか、みんなでやるとか、信じられないことだと思うんです。でも、私はワイナリーを始めようと思った時から、多くの人が関わる事業にしたかったので、いろんなところに参加して、いろんな人に「こういうことをやりたい」と話してきました。
果実酒製造免許をとってすぐに仕込みをしなければならなかったのですが、SNSでボランティアを呼びかけたところ、たくさんの人がシェアしてくれて、30分くらいで集まったんです。嬉しかったですね。
—こちらのワインの特徴は?
越後屋 無濾過で、加熱殺菌もしていないことです。「生ワイン」と呼んでいるのですが、少し濁っていたり、底に澱が溜まっていたりします。フィルターを通せば一瞬でピカピカになるんですけど、強いて言うと雑味なのかもしれませんが、旨味もすごいあるんですよ。 もちろん綺麗な濾過ワインが好きな人もいるわけですが、私はこのいろんな味がするところが面白いと思ったんです。野菜もそうですよね。苦味があったり旨味があったり複雑じゃないですか。それに合わせるならこっちだなと、フレッシュなワインを届けることにしたんです。ワイン業界においては、まずワインの色合いや外観を見たりしますでしょう。だから、うちのワインの評価は0点(笑)。
また、うちは施設も狭いですから、基本的には2、3ヶ月タンクに寝かせたら、順次販売しているんですね。ワインは寝かすものというイメージがありますが、1年で全部売り切っています。
酵母が発酵するプチプチという音を聞く時、「生きているんだ!」と愛おしく感じる。
—ワインをつくっていて一番楽しいのは?
越後屋 酵母が湧いてくる時ですね。ブドウを潰して2、3日すると、少しずつ酵母が元気になってプチプチという音が聞こえてくるんです。ワインの複雑な香りや味わいが、酵母によって生まれてくる不思議。「生きているんだ!」と、何年やっていても愛おしく感じます。自然の力って本当にすごいなと思いますね。
ワインはブドウが9割と言われるように、ほぼブドウの力なんですね。醸造家の仕事は、管理だったり、タイミングをみて搾ったりということはありますけど、ブドウが持っているパワーとかポテンシャルを引き出してあげること。だから、私は一生懸命「酵母たち頑張れ!」と応援しているんです。
—スタートから10年経って、これからはどんなふうにしていきたいですか。
越後屋 この10年は自分が好きなものを好きなようにつくってきたという感じですが、これからはもっともっと地域とのつながりを強めるとか、人を育てるような10年にしたいと思っています。
最初は私がブドウをつくらなくても、ブドウ農家さんがいて、その農家さんがつくったブドウで私がワインをつくって、農家さんと一般の人をつなげることがしたかったんですね。でも、この辺の畑も宅地になったり、高齢化によって耕作されていなかったりして、どんどん少なくなっていく。
それで、ワイナリーを初めて3、4年経った頃、地域の農家の方や飲食店の方たちと「ねりまワインプロジェクト」を立ち上げて、ブドウ栽培もすることにしたんです。ちょうど農地法も改正されて、畑が借りやすくなったことも追い風になりました。
それまで都内では栽培されていなかったシャルドネとかメルローといったワイン用の品種をつくっているのですが、東京がブドウの適地かというとそうではない。土が良すぎるんですね。でも、その中で生まれる味わいがある。実際、良いブドウはつくれていると思います。
赤ワインは1年目は赤が淡くてロゼくらいの色だったのですが、2年目からはしっかりした赤になって、香りも出て、酸味も残っている。東京の農地がどんどんなくなっていく中で、農地を残すひとつの方法としてブドウの栽培はありかなと思います。
「ねりまワインプロジェクト」では、ブドウの栽培や収穫作業、ワインの醸造作業を手伝ってくださるボランティア「ねりまワインファームメイト」を募集しているのですが、その活動を通して東京の農業やワインってこういうふうにできるんだということを知っていただけたら嬉しいですね。
—ちなみにボランティアの方は何人くらいいらっしゃるのですか。
越後屋 ブドウの栽培と収穫作業のメンバーとしては60人くらい登録があって、今年も新規で募集するんですが、関わってくださる方は100人以上いると思います。それにワイン醸造作業のお手伝いの人もプラスするともっといますね。
—リピーターが多いのですか。
越後屋 半々くらいですね。最近はいろんなつながりができて、毎週来てくださる方も増えたので、そういう方たちにお任せすることも増えました。
「都産都消」だからではなく、おいしいから選ばれるワインの開発を目指して、これからもワインをはじめとする東京産の農産物のすばらしさを発信し続けていきたいです。