健康経営の重要性を考える

少子高齢化が進展し、人財不足は社会的に解決しなければならない大きな課題となっている。企業においては、経営戦略としての社員のヘルスリテラシーの向上によるセルフケアが必要不可欠であり、社員の健康をいかに高めるかが問われている。社員の健康と企業の成長を両立させ、社会の発展を促すソリューションである健康経営について、関係各位に話し合っていただいた。

手前右から時計回りに、株式会社イトーキ 八木執行役員、都築電気株式会社 奥野担当課長、東京都 坪井課長、特定非営利活動法人健康経営研究会 平野副理事長、弊紙 平田

座談会出席者(順不同)

東京都保健医療局 保健政策部 健康推進課長 坪井 博文氏
特定非営利活動法人健康経営研究会 副理事長 平野 治氏
株式会社イトーキ 執行役員 ソリューション開発統括部統括部長 八木 佳子氏
都築電気株式会社 総務人事統括部 人事戦略室担当課長 >奥野 洋子氏
司会進行:都政新聞株式会社 代表取締役社長・主筆 平田 邦彦

働く人の身体的、精神的な健康だけでなく、
人を元気にする環境が経営戦略として重要

平田 本日はご多用の中、健康経営座談会にご出席を賜り、誠にありがとうございます。

 初めに健康経営の重要性にいち早く着目し、健康経営なる言葉の創案者でもあり、様々な活動を推進している健康経営研究会副理事長の平野さんからお話をいただきましょう。

平野 健康経営研究会は2006年に設立しましたが、その3年ほど前から有志が集まって議論を重ねてきました。企業においては、働く人の身体的、精神的な健康だけでなく、人を元気にする環境が経営戦略として重要と認識し、健康経営フォーラムを何度か開催しました。特に面白かったのは2回目です。

 当時のテルモ株式会社会長の和地孝さんのお話です。彼は銀行系の方なのですが、その頃、非常に成績が悪かったテルモを復活させたんですね。

 何をしたかというと、社内のコミュニティづくり。社員一人ひとりに感謝したいと、給料を手渡しで渡したと言うんです。その結果、何が起きたかというと、社長から直接給料をもらったことで、社員の間に一体感が生まれ、そこからコミュニティが醸成されていって、いろんなアイデアが出てきて、有名な「痛くない注射器」が誕生したと。

 技術ソースが先にあるのではなく、コミュニティがあって刺激し合う。それが基本だと実感しました。健康経営が求めるところも、そういうコミュニティというか一体感なんですよね。

平田 なるほど、健康経営という言葉がストンと落ちた気がします。健康経営というと健康診断のイメージが強いですが、そうではなくていかに人をバインディングしていくかということが大事ということですね。

 財政を逼迫させている医療費の増大は避けて通れない課題です。高齢社会の到来に向けて働く人の健康づくりについて、東京都はどのような取組をされているのでしょうか。

坪井 東京都健康推進課の坪井です。

 東京都では健康づくりに関して平成25年3月、健康増進法に基づく「東京都健康増進プラン21(第二次)」を策定しました。総合目標は都民全体の健康寿命の延伸と、健康格差の縮小です。それを達成するために、生活習慣病の発症予防・重症化予防、生活習慣の改善、ライフステージを通じた健康づくりと健康を支える社会環境の整備という領域で取組を進めているところです。

 中間年に当たる平成31年3月に中間評価を行いまして、全体的な傾向としては、男女とも健康寿命は延伸しています。ブレイクダウンして見てみると、生活習慣病に関する指標は改善している一方で、生活習慣、例えば栄養とか運動、休養、睡眠、飲酒といった分野については、策定時から大きな改善が見られていない状況でした。

 都としては個人の自覚と実践が基本ではあるのですが、ヘルスリテラシーの向上、それと併せて企業や区市町村といった関係機関と連携しながら、ターゲットの特性に合わせた健康づくりと環境づくりの施策を展開しているところで、取組を社会全体で支援していくことが不可欠であると考えています。

平田 大きな企業はそれなりに対応できていても、現実に社会を動かしている中小企業にとっては悩ましいところではないでしょうか。

坪井 都内にある41・8万の企業のうち99%近くが中小企業です。体力のない企業もありますし、多様な課題がありますので、様々な取組支援が必要だと思っています。

 具体的な取組を一つ紹介させていただくと、平成29年度から東京商工会議所とコラボして「職域健康促進サポート事業」を実施しています。一つは、健康経営に関する知識を習得した健康経営アドバイザーに中小企業を訪問していただき、健康診断やがん検診に始まり、栄養や運動などの各分野の健康づくりのポイントについて、まずは企業の経営者に普及啓発を行っています。

 もう一つが、社会保険労務士や保健師、中小企業診断士といった健康経営エキスパートアドバイザーの認定を受けた方が企業の実情やニーズに応じた取組に関して支援を行っています。令和4年度は、普及啓発を約7千社、取組支援は73社に実施しました。

ITOKI TOKYO XORKでは内階段を設置。社員はエレベーターを使うことなくオフィス内の上下移動ができる

企業の価値は、健康に結び付けられる
フェーズになっている

平田 民間企業としては、どのように健康経営に取り組んできたのでしょうか。

八木 イトーキの八木です。

 当社の健康経営の始まりは、働きやすいだけではなく、もっと健康になるオフィスはできなかという研究開発がスタートです。自社のオフィスに健康になれるような仕掛けをいろいろ施して、環境をつくると人はよく歩くとか、欠食が減るということを検証し、それを事業に展開していったという順番です。

 事業として始めたところ、健康経営が重要視される世の中の流れになってきて、とてもありがたいと思っています。

奥野 都築電気の奥野です。

 当社では2016年4月の全社員の7割が参加する社員総会で、現在の副社長が「健康経営をやっていこう」と宣言したのが始まりです。翌2017年には、現在の社長が就任時に「健康経営は働き方改革と健康増進施策の両輪で進める」と挨拶をし、その年からの「新中期事業計画経営計画」の3本柱の一つとして健康経営が入ることになりました。

 最初のうちは「テレワークなんて無理」「遅い時間から飲み会」「長時間残業は働き者の証」という社内の雰囲気がありました。そこで、若手、オピニオンリーダー、管理職など各現場、20代、30代、40代、50代の各年代における危機意識を持つ社員を中心にグループディスカッションを実施し、課題を可視化しました。明らかになった課題の解決に向け、社長を組織長とする健康経営統括室を新設し、組織として中長期的な視点での活動を開始しました。

平田 コロナ禍を機に社会的に業容変態が起きて、健康経営のあり方が組織としての問題というより、個人としての問題にフォーカスが変わってきているような気がします。

八木 企業は社員に対して生産性の向上を求めますが、社員の中には決まった時間働いて、それなりにお給料がいただければよく、特に生産性を上げたいとは思わないという人もいます。企業が健康に投資することで、社員が健康に働いて、その結果、働きがいを感じ、生産性が上がるのであれば、お互いウィンウィンになる。健康経営はその折り合いをつけられる素晴らしい概念だと思います。

 一つ注意しなければならないのは、個人が置かれている状況やリテラシーの違いによって、健康でいられる人とそうでない人の差が開いてしまうということです。会社に行くか家で仕事をするかも自分の裁量、成果が出るかどうかも自分の裁量、健康でいられるかどうかも自分の裁量。自由度が増えることによって、逆に厳しい時代になっている。企業としては、生産性を上げてもらうためにも、社員に健康になってもらうためにも、リテラシーも含めて社員の健康をしっかりサポートする必要がある時代になっていると思います。

奥野 感染症予防の観点からテレワーク(在宅勤務など)が推奨され、従来からの働き方改革が一気に後押しされたと感じています。

 一方で、個人の裁量に任せ過ぎてしまうと、例えば管理職の負担が大きくなってしまう可能性があります。ただ制度を導入するだけ、環境に応じて対処するだけ、ではなく、新しい働き方を必要とする社員に必要なツールや制度を的確に届けられるよう、ラインナップを充実することと、新しい働き方を自律的に選択できるスキルを高めることに、企業として投資をすることが重要です。それは、単純に金銭的な投資に留まるものではないと思います。

 例えば当社では、2017年度より、社員アンケート調査の分析をもとに、健康・働き方・意識の状態を数値化し、ワークエンゲージメントや労働生産性などの改善に活用しています。

 2021年度以降の新たな取組として、「組織別ポジティブ・フィードバック」を実施しました。全37組織に対し、データ分析結果からわかる「昨年対比で良くなったところ」や「伸びしろ」を中心に、ポジティブな表現でフィードバックするものです。社員が自組織の状況を深く理解するため、フィードバックシートとともに説明動画も配信しました。また、自組織と他組織を比較できるようにするため、社員が全てのフィードバックにアクセスできる環境を整備しました。

 2023年度は、一方通行的に情報を提供するだけでなく、現場インタビューを通じて組織方針や取組施策を確認し、数値から読み解ける有効な施策を現場メンバーとともに検討しました。金銭投資にこだわらず、データを使いこなして自律的に職場環境を改善できる組織を増やせるよう、健康経営の施策は毎年進化しています。

都築電気名古屋オフィスで実施したモルックの様子。障害のあるなしに関係なく参画でき、コミュニケーションの活性化と運動増進に役立つ

自発性、自律性、健康リテラシーを高め、
相互作用を起こさせる空間づくりが大事

平田 健康経営という考えが浸透していくと、個人の資質と企業に対するロイヤリティーの折り合いが難しくなるのではないでしょうか。

八木 今、健康経営とかロイヤリティー、人的資本、人材施策などが一緒に語られるようになってきていますが、一番の課題は人の確保なんですね。採用しようと思ってもなかなかきてもらえない、若手がすくにやめてしまうというようなことがあって、いい職場だと感じてもらい、やりがいを持ってもらい、魅力を感じて働いてもらうということが大きな課題になってきています。

 コロナ後、特に当社の事業領域であるオフィスということでいうと、社員が自然と会社に来たくなるオフィスをつくってほしいというご要望がすごく増えました。テレワークの普及によってオフィスを小さくしてしまった企業もあるのですが、オフィスを快適にしたことで、コロナ前よりもコミュニケーションが良くなっている企業も多いようです。

平野 今のスターバックスって、オフィス空間に似ていると思いませんか。

八木 居心地の良い空間になっていますよね。

平野 これは有名な話ですが、スターバックスにはマニュアルがない。全て店長の裁量なんです。昔の日本のいい旅館の中居さんみたいですよね。自分が担当したお客さんのことだけを考えてもてなし、サービスをする。それがオフィスの目指す空間かもしれません。

奥野 場所をつくるだけでなく、パーパス、目指すべき方向性を企業がしっかり持っていて、そこに共感するからこそ、自然とそこに足が向く。すごくいい循環が出来上がる感じがします。

平田 最後に都庁へのご要望がございましたら。

奥野 ダイバーシティ&インクルージョンを考える時、特に福祉政策は重要性が高まってきていると思います。例えば両立支援ということを考えた時、地方自治体の施策を案内するだけで、社員の課題が解決する場面もあります。社員一人ひとりの人生を充実させるために、そのような社会資本をうまく使っていただくことが非常に大事なので、これからも行政のトップランナーとして、有用な施策やシステムをつくってもらえると嬉しいです。

八木 おっしゃる通り、心と体だけではなく、社会的な健康など、いろんな側面から健康を考えなければならないので、制度があればもちろんありがたいですし、その観点みたいなもの、考え方のインフラをつくっていただくだけでもすごくありがたいと思います。

平野 健康寿命について言いますと、元気そうに見えても転倒とかありますから、フレイルは大きな問題です。マルチステージ的に働くことになると、年齢のボーダーはありませんから、現状では65歳以上の方の体力測定が義務化されていないこともあり、65歳以上の人がどれだけの体力を持っているかわからない。健康診断だけでなく、東京都に65歳以上の体力測定をするよう働きかけているところですので、是非よろしくお願いいたします。

平田 いろんな観点から意見が出ましたが、都庁として今後の方向性は?

坪井 健康づくりについては、区市町村が主体的に取り組んでいるところです。今、平野さんからお話がありました65歳以上の体力測定をやっている区市町村もあります。それから地域職域連携の形で、職場との取組をやっているところもあります。都としては、そういうところに支援を行っているところですが、保健医療局だけで解決できる課題ではなく、産業労働ですとか生活文化とか、関連部局とも連携しながら、いただいたご意見も参考に、引き続き取り組んでいきたいと思います。

 最後になりますが、今まさに次期プランの策定作業を行っております。来年度から始まる計画の目的は「誰一人取り残さない健康づくりの推進」です。生活習慣病の予防とともに、身体やこころの健康の維持及び向上を図ることで、 誰もが生涯にわたり健やかで心豊かに暮らすことができる持続可能な社会を目指してまいります。

平田 本日はありがとうございました。

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