“自分ごと化”で世の中は変わる。
深い動機もなく大蔵省に入省。目の前の仕事を一生懸命やって、その時々の達成感はあったが、結局「役人」が好きになれなかったのかも。しかし、その「役人」をやったからこそ日本に真に必要な政策を「民」の立場から立案・提言する必要性を感じ、非営利独立のシンクタンクを設立。一般社団法人構想日本代表の加藤 秀樹さんにお話をうかがった。
日本にもシンクタンクが必要だ。誰もやらないなら自分がやろう。
—大蔵省に入られたのは、官僚になって国を動かす仕事をしたいと思われたからですか。
加藤 なんとなくですね。父は運送会社の経営者だったので、監督官庁の役人が嫌いでした。その影響か、私もあまりいい印象は持っておらず、役人になりたいと思ったことはなかったですね。
私は京都大学卒なんですが、京大の学生はあまり公務員にはならないんです。ところが私が入学した年は東京大学の入試がなく、東大を目指す高校生が京大にどっと来た。その結果、その年の学生の多くが公務員試験を受けた。で、私も受けたということです。
そのときに愕然としたのは、みんな高校生の時から役人になりたかったんだ、すごい!いかに自分がぼおっとしてたかと(笑)。
—実際に働かれていかがでしたか。
加藤 難しい仕事や政治家との面倒なやりとりを一生懸命やって、その時々の達成感はありました。でも、すごくやりがいがあるとか、そういった仕事が好きだったかというと、そうではなかった。結局、役人が好きになれなかったんだと思います。
だから早く辞めたわけではないんですよ。当時、省外のいろんな人との勉強会があって、ちょくちょく顔を出していたんです。そこで日本にもシンクタンクが必要だということをよく聞いたんですね。
私はそれまでシンクタンクなんて頭の中にないどころか、何をやっているかもよく知らなかったんですが、だんだんとそういうのはあったほうがいいかもなあと。でも、シンクタンクの必要性を一生懸命説いている人たちは、誰も自分でやるとは言わないんです。それなら私がやってみようと思ったんです。
役人になった動機も、辞める動機も適当で(笑)。深刻に考えたら一歩が踏み出せなかったかもしれないですけどね。
—すんなり立ち上げられたのですか。
加藤 大変でしたよ。ビジネスじゃなく非営利ですから、安定的に収入が入ってくる目処が立たないとスタートできませんからね。当時はNPOという言葉もありませんでしたし。
だから、会員を募って会費を集める、それを継続してもらえるようにするとか、考え始めてから立ち上げまでに6~7年かかりました。
—コンサルとは違うと。
加藤 コンサルではありません。コンサルは基本相手の注文に合わせるのが仕事ですから。
我々が考える社会像とか、国の形とか、コミュニティの形とかがあって、世の中をそういうふうにしていきたいというのが本来のシンクタンクですから、それに共鳴する人たちがいて、でも自分たちだけではなかなかできないなら、一緒にやりましょうとそれを後押しする。それが構想日本の使命だと思っています。
「自分ごと化会議」で、自分の住む地域のことを考える。
—構想日本と思いを同じくする人たちの後押しをするということですが、具体的にはどのようなことをしているのですか。
加藤 構想日本の特色は提言だけでなく「実現」のための活動をすることです。例えば医療や教育をどうするか。それは社会全体のいわば部品です。それぞれの分野で活動しているNPOなどと実現のための活動をする。
一方、どういう世の中にするかという全体像、最近は特にそれを示すことが大事になってきました。
その一環で、政治とか行政の仕組みそのものを変えようとやっているのが「自分ごと化会議」です。男も女も、年齢も職歴も学歴も一切関係なく、無作為に選んだ人に集まっていただいて、地域の課題について議論してもらうんです。もう何百回もやっていますが、正直、選挙で選んだ議員よりも遥かにいい議論ができていると感じています。
—例えば?
加藤 大がかりにやる場合は、その町の総合計画や総合戦略も作ります。無作為に百人くらい選んで、産業、観光、教育、福祉のように四つか五つの班に分け、半年くらいかけて議論する。
例えば観光ですと、日本のほとんどの地方の人は、うちの町には何にもないと言うんですよ。その典型みたいなところでもやりましたが、参加者が自分の町のことを観察し始めるんですね。すると、ここに芭蕉の句碑があったのかとか、この餅屋は昔からあるけど、よく見ると建物も古風でいい感じだとかいっぱい情報が集まって、それで地図をつくろうとかなるんですね。
後で感想を聞くと、自分は生まれてから50年ぐらいこの町に住んでいるけど、自分の町のことをこんなに一生懸命見たり、考えたことはなかった。すごく楽しかった。いっぱい発見があった。そういうことを書いてくれる。
役所の人も住民との距離感など変わってくる。住民の中でも自分たちでNPOを作るとか、活動が始まるんです。私はそれが何よりだと思うんですよね。国全体でそうなると日本の政治というのは必ず良くなります。
—そういうことが積み重なっていったらすごいですよね。
加藤 本当に。構想日本を始めた時はこんなことをやるとは思ってもなかったんですが、個々の提言も大事ですが、こういった「自分ごと化」の重要さを痛感しています。
もう一つ例を挙げると、市内に原発がある島根県松江市で、市民主催で原発をテーマに「自分ごと化会議」をやりました。無作為で選んだ30人くらいの人が、原発推進派の人の話、反対派の人の話、中国電力の人の説明を聞き、話し合いを重ねました。
原発の議論は、たいてい始まった瞬間にどなり合いになるんですが、それはゼロ。エネルギーの使い方、暮らし方、生活のあり様そのものを考える、とても良い議論ができました。
傍聴者含めて、一人ひとりの発言がこんなに大事にされる場所があるとは思わなかったとか、民主主義の可能性を感じたとか、熱い感想をいただきました。
世の中がもっとザラザラになったら、幸せの判断基準が変わる。
—“自分ごと化”、良い言葉ですね。
加藤 2年近く前になりますが、『ツルツル世界とザラザラ世界 世界二制度のすすめ』という本を出しました。私たちが直面している政治や経済の問題に「自分ごと化」がいかに大事かということの基本的なポイントを書いたんです。
—ツルツル、ザラザラとは?
加藤 ツルツルという言葉を思いついたきっかけは、貿易の自由化です。例えば、アメリカから輸入する自動車や牛肉などの関税を低くする。要するに垣根を低くして、でこぼこを取る。
そうやってツルツルになった結果、確かに世界中から安い物、いい物が買えるようになった。でも、賃金が安い国の労働者は大変です。さらに言えば、物だけではなく、労働者の移動が自由になると、今欧米で反発が大きくなっている。自由化が本当に人を幸せにするのかなと。
途上国に行くと、所得水準は日本より低いですが、けっこう幸せそうに生活しています。お金や物の豊かさで幸せ度を測るということでいいのか、そういう意味でツルツルでない、すなわち「ザラザラ」の部分があっていいんじゃないかと思うんです。つまり、効率とか競争とか成長ばかりを追うのではなく、その日の生活、時間を大事にする生き方、仕事です。
—幸せの判断基準は人それぞれですものね。
加藤 以前、よくアンケートを取っていたんです。「今まででいちばん幸せだと感じたのはどんな時、ことですか」と。高校生や大学生から、首相経験者や大企業の社長まで。答えはみんな些細なことなんです。何かの競技会で優勝した時とか、家族みんなでご飯食べてる時、目の前の仕事がうまくいった時とかね。
—確かにツルツルの世界だと、自分もそのレベルにならないと、と思ってしまいます。
加藤 経済成長が人を幸せにする面もありますが、逆にその弊害も大きいということをよく考えないといけない時にきています。
朝起きて、ご飯食べて、仕事して、今日も一日まあまあだったなという日がなるべくずっと続くのが一般的には幸せじゃないかと思うんですね。
—なかなかそう思えないかもしれません。
加藤 日本人、特に若い人が、世界でも最も満足度が低いと言います。これだけ豊かな社会になっても従来と同じように、成長だ、効率だという価値観で彼らを縛るのがその背景にあるんじゃないでしょうか。若い人にはもっとのびのびとやってもらうのがいいんじゃないでしょうか。
—幸福感を持つにはどうすればいいですかね。
加藤 世の中をもっとザラザラにすることですね。ツルツルしすぎているんですよ。だからみんなストレスフルなんだと私は思います。化粧品はツルツルが大事で、ザラザラはだめなんですけどね(笑)。
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