日本映画の旧作には、 想像もしない豊かな世界が広がっている。

  • インタビュー:津久井 美智江  撮影:宮田 知明

株式会社ラピュタ ラピュタ阿佐ヶ谷 支配人 石井 紫さん

両親に連れられ、幼い頃から映画館へ足を運んだ。高校生になると映画雑誌を参考に洋画を見まくり、美大卒業後は“映画を見るために”上京。アルバイトをしながら映画三昧の生活を送る。アルバイト先のリニューアルを機に初めて就活。せっかくなら映像関係の仕事がしたかったというラピュタ阿佐ヶ谷支配人の石井紫さんにお話をうかがった。

大学を卒業したら上京すると決めていた。なぜなら、映画がたくさん観られるから。

—子供の頃から映画はお好きだったのですか。

石井 はい。京都府城陽市に住んでいたのですが、小さい頃から両親がよく映画館に連れて行ってくれました。ただ、両親の趣味でアニメとか夏休みまんがまつりみたいなものには、連れていってもらえなかったのですが……。

 初めて友だちと映画館に行ったのは、中学校を卒業した春休みです。「ディスクロージャー」というデミ・ムーアが出ている、ちょっとセクシーな映画(笑)。

 高校生の時は、日本映画は観たことがなくて、「スクリーン」とか「ロードショー」を毎月買って、ハリウッド映画などの外国映画ばかり観ていました。

 大学生時代は夏休みなど長期の休みには、1週間くらい東京に出てきてユースホステルとか東京に出てきている友だちの兄弟の家に泊まり、ひたすら映画を観まくっていました。東京って観る映画がたくさんあって、本当に羨ましかったですね。

—その頃から映画の世界に入ろうと思っていたのですか。

石井 映画の仕事に就こうとは考えたこともなかったです。ただ映像には興味があったので、大学は関西の4年制の美大のデザイン科に進み映像の勉強をしていました。私が大学を卒業する頃はちょうど就職氷河期。卒業したら東京に出ようと決めていました。なぜかというと、映画がたくさん観られるから(笑)。

 上京してからアルバイトを探し、バイトをしながら休みの日には映画を観に行くという生活を送っていました。ところが1年くらい経った時、バイト先の店がリニューアルすることになり、1か月くらい休むことになったんです。1か月後に復職してもいいし、辞めてもいいしということだったので、就職活動をしてみようと。せっかく就職するなら映像関係の仕事がしたいと思い、探して受けまくったという感じです。その中で、最初に決まったのがここだったんです。入った時は映画館のラピュタ阿佐ヶ谷ではなくて、親会社のふゅーじょんぷろだくとの配給部です。

 当時、ふゅーじょんぷろだくとはアレクサンドル・ソクーロフ監督の「モレク神」や「牡牛座」、ユーリ・ノルシュテイン監督のアニメーション作品とか、自社で配給の権利を持っている作品があって、それらを活用する部署を新設しようとしているタイミングだったんですね。配給宣伝の仕事をするにしても、現場を知っておいたほうがいいだろうということで、週1日ラピュタに手伝いに来ることになったんです。

 「撮影監督 岡崎宏三の軌跡」という特集上映の準備をしている時で、その手伝いもすることになったのですが、岡崎さんがまだご存命で……。日本映画の黄金時代に現場で仕事をされていた方なので、話がめちゃくちゃおもしろいんですよ。特集上映が始まると、出演俳優や一緒にお仕事されていたスタッフ、いろんな方が劇場に来てくださるんです。そういう方たちのお話が直に聞けるってすごいじゃないですか!

 それに一度接してみると自分が思っていた日本映画のイメージと全然違って、想像もしなかった豊かな世界が広がっている。こんなにおもしろい映画がいっぱいあったのかと、すっかり日本映画の旧作にはまりました。

ユニークな外観が目を引く。館名は『ガリバー旅行記』から採られている

ユニークな外観が目を引く。館名は『ガリバー旅行記』から採られている

日本映画黄金時代と言われる1950-60年代の作品を中心に上映。席数は48

日本映画黄金時代と言われる1950-60年代の作品を中心に上映。席数は48

チラシは映画館と観客をつなぐアイテム。チラシでキュンとさせたい!

—それで配給ではなく映画館に。

石井 岡崎さんの特集上映を手伝っていた時に、前の支配人がお辞めになり、オープン当初からいたベテランのアルバイトの方も家庭の事情で辞めないといけなくなってしまい、現場を回すために「とりあえず私が映画館に行きます」と言って、そのまま(笑)。その時はじきに配給部に戻るものだと思っていました。

—それがなぜ支配人に?

石井 2年くらい支配人不在でやっていたのですが、なぜか……。まだ20代半ばですし、「本当に私にやらせるの?」という感じでした。でも、逆にそれが良かったのかもしれません。「私、何も分からないので教えてください」と言うことができたので。30代40代になってからそういう役職に就くと、知ってて当たり前、できて当たり前になるじゃないですか。

 同業の方、三軒茶屋amsの支配人をされていた吉濱葉子さんとか、中野武蔵野ホールの支配人だった石井保さんとか、業界の先輩たちにはいろいろ教えていただき、助けていただきました。

—支配人ってどんなことをするのですか。

石井 上映する作品を持ってくることでしょうか。作品選びは、特集テーマを決めてそれに合わせて揃えることもありますし、どうしてもかけたい作品があって、それを上映するためにはどういう切り口があるかというところからスタートすることもあります。

 各社のいろんな作品を取り扱うため、「広く浅く」の勉強になってしまいがちですが、深い知識が必要な時もあるので、そういう時は映画評論家や研究家、特定のジャンルに強い映画ファンなど、詳しい方に相談したりもしますね。

 大手の作品は配給会社に連絡すれば分かりますが、独立プロ、しかも解散していたりするとフィルムの所在を探すのに苦労します。関係者に連絡して、今誰がフィルムを持っているか、権利は誰が持っているかを調べるのはけっこう大変なんですが、宝探しみたいでワクワクしますね。

 特集上映だと30本から40本くらい上映するので、候補作品は150本くらい挙げます。そして、まずフィルムがあるかないかを調べ、さらに上映できるコンディションかどうかを確認する。その段階で50本くらいに絞り込まれます。上映したかった作品がNGでがっかりすることも多いですが、思わぬ作品が予想以上にきれいな状態で残っていたりするんですね。そうするとメインはこの作品だから、こういうムードでチラシを作りたいとか、こういうタイトルにしたいとか、漠然としていた特集のイメージがどんどん形になっていって、その過程がすごく楽しい。

—美大出身のセンスが活かされてる?

石井 それはあんまり関係ないかと(笑)。ただ、スチル写真はかなりこだわって選んでいます。

 紙のチラシって、今はそれほど重要でないという方も多いですが、私は映画館とお客さまをつなぐいちばん最初の重要なアイテムだと思っているんです。映画館、特にミニシアターに行くと、皆さんチラシコーナーで物色していますでしょう。日本映画を観たことがないという人にも手に取ってもらえるようなチラシにしたい。チラシでキュンとさせたいという思いはあります(笑)。

1Fのロビーには懐かしい映画のポスターやスターのブロマイドも

1Fのロビーには懐かしい映画のポスターやスターのブロマイドも

上映できるフィルムがない作品を、ネガからリプリントして上映する。

—20年近く支配人をされていて、名画座を取り巻く状況に変化はありましたか。

石井 最初の頃は全然お客さまが入らなかったのですが、最近は2倍とか3倍になっている感じで、若い人がずいぶん増えましたね。渋谷にシネマヴェーラができて、若い方が名画座に行くようになったのではないでしょうか。その後も神保町シアターができ、閉館しましたがシネパトスでも旧作邦画がプログラムされたりと、都内に名画座が増えたのが大きいと思います。

—最近はフィルム上映からDCP(デジタルシネマパッケージ)上映に替わっていますが、ラピュタはこれからもフィルム上映にこだわって?

石井 フィルム上映を続けられる限りは続けたいと思っています。

 10年くらい前からラピュタで費用を負担して、上映フィルムがない作品のニュープリントを焼くという活動をしています。すでに100本以上になりますが、90分の作品を焼くのに40~60万円ぐらい費用がかかるので、その時の興行だけではペイできないんですね。

 でも、私たちにとっては上映できる作品が増えるのはとても大きなことなので、これからも何度もかけていきたい作品は、費用を負担しても焼いておきたい。それにネガも経年劣化が進んでいますから、できるうちに焼いておきたいと思っています。

—それは貸出しもするのですか。

石井 配給の権利は私たちにないので、上映が終わったら配給会社に戻して、そちらの管理になります。私たちとしてはニュープリントが活用してもらえるほうがうれしいので、他館で上映されると焼いて良かったなって思います。

 もっともフィルム上映をする映画館が減ったので、ニュープリントを作ったところでかけられる劇場がない、ちゃんとフィルムを扱える技師も少ない。だから最近は旧作のデジタル上映も増えてきましたよね。

 でも、デジタル保存にはリスクもありますし、フィルムは適切な環境下で管理すれば長期保存が可能なので、大切にしたいと思います。

—ところで石井さんが好きな映画、俳優は?

石井 趣味で好きなのは東映のヤクザ映画です。実録ものが好きですね。「仁義なき戦い」シリーズはもちろん「実録 私設銀座警察」「脱獄広島殺人囚」「仁義の墓場」「実録外伝 大阪電撃作戦」「北陸代理戦争」……好きな映画がたくさんあります。

 俳優は、最初に好きになったのが佐藤慶さん。普段はどんなスターがいらっしゃっても仕事なので冷静でいられるんですが、慶さんが来てくださった時はちょっと無理でした(笑)。

 最近は、スター俳優だけでなく、脇の脇の俳優とか、気になる俳優がどんどんできてしまって……。劇中で名前を呼ばれたりすると速攻でキャスト表を確認して……隣のクラスの気になる男子の名前がわかった!みたいな喜びがあります(笑)。楽しみ方が危ない方向にいってますね。

—新作もご覧になるのですか。

石井 日本映画の旧作だと、どうしても仕事モードになりリラックスできないので、休日は洋画とか話題の新作を観に行きます。ライブとか演劇にもよくいくのですが、やっぱり映画が中心ですね。

—では大好きな映画にどっぷりの生活で。

石井 そうですね。映画を観るために上京したので、思っていた通りの生活かな。

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