自衛官の本音を伝えることがOBの大きな役割。
静岡の農家の生まれ。経済的な理由もあって防衛大学校に進んだ。船が好きで、海上自衛隊を目指していたが、1年の時に受けた適性検査でパイロットの適性があることが判明。戦闘機乗りに目標を変えた。まさに適正があったのだろう。航空幕僚長まで上り詰めた。退役後は富士通株式会社シニアアドバイザーとして様々な活動をしている杉山良行さんにお話をうかがった。
パイロットの適性ありと判明。戦闘機のパイロットを志す。
—元航空幕僚長という防衛のプロフェッショナルです。サイバーセキュリティ等も含め、会社を守る、つまり防衛はすごく大事だと思いますが、民間企業に防衛部門はあるものなのですか。
杉山 安全保障上重要だということで、防衛部門を持っている会社は結構あります。防衛部門を持つことがステータスになるということもありますしね。ただ最近は“物言う株主”からの「儲からないところは切り捨てるべきだ」という意見もあるのでしょう、やめる会社が増えてきています。—富士通ではどのようなことをされているのですか。
杉山 私のパーソナリティであり、リーダーとしての経験であり、培ってきた知識であり、そういうものを総合的に企業内で活かすことです。それから、いろんな意味で普及活動をすること。例えば、こういうインタビューを受けたり、講演活動などを行っています。
「いざという時に国を守るためにあなたは何をしますか」と、国民に問う世論調査を各国が行っていて、「命を賭けて戦いますか」というようなことを尋ねると、戦うという人は、日本は決して多くない。「自衛隊に任せればいい」という話になるんですが、私は世相から考えてそれも仕方ないか、とも思っているんです。
一方、自衛官からすると「僕らが頑張らなければならない。いざとなったら命も捨てる。でも、なるべくなら命を捨てるのはいやだよね」というのが自衛官の本音でもあります。よく言われることですが、日本でいちばん戦争をしたくないのは誰か。自衛官です。
それを軍国主義者だとか、おまえら戦争したいんだろうみたいに言われるのは心外です。そういう現役の自衛官が言いにくいことを、本音として伝えることもOBのものすごく大きな役割だと思っています。
—確かに現役の方は言えないでしょうね。自衛官になろうと思ったのはどうしてですか。
杉山 3つ年上の兄が防衛大学校に入っていて、幹部自衛官になるという話は知っていましたが、私は自衛官になりたいという強い志があって防大に入ったわけではないんです。正直な話、貧乏な農家の生まれなので、「金がかからないからいいよね」くらいの感じでした。
—それが航空自衛隊のトップに上り詰めた。
杉山 人生を変えたのは、防大1年生の夏に受けた適性検査です。防大では2年生になる時に陸海空の区別をするのですが、その適性検査でパイロットの適性があるということが分かった。まさか自分にパイロットの適性があるとは思っていなかったし、飛行機に乗りたいと思っていたわけでもありませんでした。でもその時、航空要員になって戦闘機に乗るというのはおもしろそうだなと思ったんですね。
実は船が大好きで、海上自衛隊に行きたかったんです。1年生の時から手旗信号等の訓練を受けていて、海自に行って戦闘機に乗ろうと思ったら、海自には戦闘機はないと……。「海上希望でしたけど航空に変えます」と言ったら、世話をしてくれた海自の先輩たちから、「裏切り者はいらない」と破門されました(笑)。
母校の中学校で空自について話す。人生でいちばん難しい講演だった。
—パイロットの適性というのはどういうことですか。
杉山 体の機能に過不足がないというか、平均的にある基準以上であるということと、精神的というかメンタリティの部分が昼行燈みたいな、ある意味鈍いくらいの人間のほうが適性が高いかもしれません。反射神経がよすぎて、何か一つのインプットに対してポンと反応してしまう人より、一瞬おいて正しいことをやれる、そういうマインドを持った人間、あるいは恐怖心をコントロールできる人間が適しているんだと思います。
それから分散する集中力ですね。集中力を分散するって変な表現ですが、一点集中ってパイロットはだめなんですよ。計器がたくさんあるということもありますが、必要な時に必要なところに注意配分ができないと、死んでしまいますからね。
—女性の適性についてはいかがですか。
杉山 そ女性は、2018年に宮崎県の新田原基地でF15戦闘機のパイロットになった松島美紗さんが第1号で、さらに後輩たちが続いています。G耐性は女性の方が強いのではないかという説もありますし、少なくとも男性と比べて引けを取るようなことはない。戦闘機が開放されたので、基本的に航空自衛隊には女性はだめという職はないはずです。
それから、目が悪いからパイロットになれないとあきらめている人がけっこういると思いますが、今は裸眼0・2、矯正視力1・0でパイロットになれるんですよ。かつては裸眼で1・0を維持しなければなりませんでしたが、それでは人が確保できません。入隊後、医官の管理の下でレーシック矯正もできるようになったということもあるので、目が悪いからとパイロットになるのをあきらめないでくださいと、いろんなところで言っています。
—最近、自分が思っていたのと違うと、入社して数ヶ月で辞める人が増えているようですが、自衛隊は適性検査によって自分に合った仕事に就くことができるわけですね。
杉山 航空幕僚長の時、母校の中学校で講演を頼まれたんです。250人くらいの小中学生を前に話をするのですが、あれくらい悩んで時間をかけてテーマを考えたことはありません。人生でいちばん難しい講演でしたが、「パイロットだけが航空自衛隊に見えるかもしれないけれど、管制官や整備士、医師など30何種類の職があって、その中から職が選べる」という話をした時です。子供たちの目の色が変わった。人生を考え始めている時だったのでしょうね。私の同級生も30人くらいオブザーバーで来て、辛辣に評価されましたが(笑)、この話はよかったとほめられました。
さすがに組織のニーズや適性があるので、みんながみんな希望通りにはいかないかもしれませんが、バリエーションから見ても非常に魅力的だと思います。さらにいうと、航空自衛隊は防衛省の中で宇宙関係のことを任されているので、これからはJAXAとも協力していきますから、非常に夢がある仕事だと思います。
実際にやってみせることで、リーダの本気度が伝わる。
—指揮官として大切にしていたことはどんなことですか。
杉山 人と人とのつながりを大切にする、そんな中で組織の中の小集団活動というのを推奨していました。趣味でも何でもいいから、仕事以外の何かのグループに所属していると、仕事だけでは分からない、いろんな意味での問題が分かったりするんです。自殺防止ということも含めて、孤立化させないということを大事にしました。
私は生まれが静岡県ということもあって、ずっとサッカーをやっていたので、小集団活動はフットサルと酒をみんなで飲むことと、ニックネームで呼び合うというのをやりました。
空将補になった45歳くらいの時から、部隊を訪問していろいろ話をする時も、必ず小集団活動をやると言って実行してきました。行った先で実際にフットサルをやって、夜は宴会をして、ニックネームで呼び合うと、「ああ、この人は本気なんだ」とみんな分かってくれる。そして、その部隊はものすごく元気になる。これは組織の中でけっこうウケて、高く評価してもらいましたが、リーダーシップのとり方として成功した例だと自分では思っています。
—コロナ禍で人と会ったりコミュニケーションをとることが減っています。小集団活動が難しくなっているのではないでしょうか。
杉山 私は個人的にズームの勉強会をやっているんです。月に1回、10人くらいで土曜日の5時、6時から。30分くらい話をして、その後、飲みながらQ&Aをやるんですが、これがおもしろい。お酒が入るからすごく活発で、脱線しながら深いところまで、いろんな話ができる。こういうやり方もあるんだなと思いましたね。
ただ、実際に会うのが大事なのは言うまでもありません。航空自衛隊のOB等が作る日米エアフォース友好協会(JAAGA:Japan-America Air Force Good will Association)という組織があって、去年からその会長をやっているのですが、JAAGAでは毎年9月、米空軍のAFA(Air Force Association)が開催される総会に合せて訪米し情報収集、意見交換などをしています。一昨年はコロナでバーチャルになりましたが、去年は「絶対に実会議をやるぞ」と米空軍が言うので、私ともう一人でアメリカに行きましたら、内心本当に来ると思っていなかったのでしょう、「よく来た!」と、本当に喜び、大事にしてくれて、非常にいい訪問になりました。
コロナ禍でいろんな難しさはありますが、これからは実際に会うのとウェブで会うのを併用し、双方のいいところを生かしながら、折り合っていくのだろうと思いますね。
—最後に、航空自衛隊に入ってよかったことは?
杉山 日本の常識は世界の非常識であるということを身をもって経験してきたのは、私にとって非常に大きなベネフィットだと思っています。例えば今、攻撃力(敵基地攻撃)という話が取り沙汰されていますね。岸田政権も先入観を持たずにやるべきことはやると言っていますから、それも国家安全保障戦略に反映されると思いますが、今までは矛と盾みたいな哲学的な話になってしまい、実際の施策には反映されないんですよね。今回の議論がそれで終わらないことを祈っています。
それから抑止力。「たたいたら、仕返しされる。だからやめておこう」と相手が思うのが抑止なんですね。ところが日本は、たたく能力を持つと相手の攻撃の目標になるから、持たないほうがいいとなる。途中まではいいんですが、アウトプットが真逆。世界の非常識なんですよ。半沢直樹じゃないですけど、「倍返しだ!」と言わないと抑止にならないという話です。
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