まちの空気や息吹きを 肌で感じられる政治家になりたい。
中学高校と通った巣鴨学園の図書館に置いてあった司馬遼太郎の本を読み、社会や経済を動かす仕事はおもしろいと思った。京都大学法学部在学時代、現場で学ぼうと小池百合子代議士の地元事務所へ。4年間、政治活動に従事するも営業マンに。公や社会に奉仕したいという思いが強くなり、海外留学を経て政治の道へ。千代田区長、樋口高顕さんにお話をうかがった。
コロナ禍に対する強い危機感から、区長選挙へ立候補を決意した。
—東京都議会議員から、千代田区長選挙に出馬しようと思った理由を教えてください。
樋口 やはり、いちばん大きかったのは新型コロナウイルス感染症ですね。私は、都議任期中の4年間は、現場百遍ということで、千代田区のシェアサイクル「ちよくる」を使ったり、歩いたりして地域回りをしていたのですが、去年の3月以降はコロナ禍によってみるみるまちが傷つき、皆さんが戸惑っている姿を肌で感じました。国に先駆けて東京都協力金を創設する際も、様々な業種の人たちの声を拾って提言し、医療体制の強化などを訴えてきました。しかし、都からの支援を区内の皆さんへしっかり行き渡らせるには、都と区との連携が非常に重要だと痛感しました。選挙が行われたのは1月ですが、その時は新型コロナウイルス感染症の第3波、入院できるか、自宅待機となるかが懸念されていました。そうしたコロナ禍での不安や区政の停滞を憂う多くの人の声を受け、強い危機感から、区長選挙へ立候補することを決意しました。
—区政の重点対策でも今コロナ対策を一番に持ってきていますね。
樋口 3月上旬からの第3波、第4波、第5波と続きましたが、いちばん厳しかったのは8月、9月でした。その時は、まず保健所の機能を強化しようということで、区役所のすべてのリソースをそこに集中することにしました。副区長も含めて議論を重ね、区民の命を守るため庁内の協力体制を確立しました。そして、並行して全庁一丸で取り組んだのはワクチン接種です。
当時、自治体向けに使われていなかったモデルナ製ワクチンを、東京歯科大学様、日本歯科大学様、読売新聞社様など区内の職域接種を区民や区職員へ活用することなどを関係機関やワクチン接種担当大臣であった河野太郎大臣へも直接要望しました。河野大臣も非常に柔軟で実務的かつ具体的に、その場で判断してくださったのでワクチンの必要量を確保でき、とても助かりました。歯科大学に接種の打ち手をお願いしたのも、千代田区が最初だと思います。
千代田区は人口が6万7千人と少ないから早く接種できたと言われることもありますが、打てる手はすべて打つという方針で、先手を打ち必死で動いた結果でもあると思っています。
—実は私も人口が少ないからと(笑)。
樋口 連日、テレビなどでワクチン接種の状況が報道されますと、どの区が早いとか遅いとかで区民の皆さんも心配になりますよね。同じように、ワクチンの副反応がメディアで大きく取り上げられた際には、千代田区では、接種を躊躇している皆さんの判断材料となる感染症の専門家などによる動画を三つ作りました。その動画の一つの産婦人科医による「ワクチン接種を迷っている妊婦の方へのメッセージ」は話題になり注目を浴びました。それから、青パトといって、警備会社が運営する区内を巡る青色のパトカーと防災無線を活用して、接種予約の空き状況についてアナウンスしました。それまでも広報紙やSNSなどを通じて発信していましたが、よりタイムリーに情報を区民に届けたかったからです。
情報の連携によって、特性のある子どもへの支援の質を高めたい。
—重点政策2には「子育てしやすさ、介護しやすさ日本一に!」を掲げています。
樋口 今、子ども庁が議論されていますが、千代田区は石川雅己前区長の時から厚労省管轄と文科省管轄のところを一元化して、いち早く子ども部をつくっています。幼保一元化、こども園の創設は千代田区から始まりましたし、高校生までの医療費無償、待機児童ゼロも継続しています。子どもに関する施策は、質、量ともにかなり良いものができていると思います。
ただ、例えば、特別支援とは別の部分で、発達障害・神経発達症などに関する支援などは、まだ充実する余地があると思います。早い段階で見つけたほうが良いので、2歳、3歳の幼児健診で見つけて、そこから保育園やさくらキッズ(子ども発達センター)に情報を渡し療育していく、さらに小学校に情報を渡すといった連携を図るとともに、一人ひとりの特徴を見極め、気持ちに寄り添って対応していくことで、支援の質を高めていけるのではないかと考えています。
—eスポーツにも力を入れていますね。
樋口 フラットに、いろいろな領域を調査・研究しました。その一つがeスポーツでした。
eスポーツは多くの可能性を持っていると思います。産業面でもそうですし、あるいは福祉の面でもシニアの健康マージャンとか、カラオケを加えてもいいと思います。それに多少障害を持った方でもeスポーツプレイヤーは生まれていますし、子どもたちもその対象になります。
—eスポーツは一つの産業になると。
樋口 千代田区はこの5年、10年、20年は人口も増え、再開発が進んでオフィスも増え、にぎわう街でした。しかし、このコロナ禍で一変しました。去年の緊急事態宣言の時などは、街には人影もないゴーストタウンのようになってしまいました。千代田区は6万7千人の区民だけで成り立っているわけではない、事業者や通勤・通学の85万人の昼間人口がいるからこそ、このにぎわいが生まれてきたのだということがよく分かりました。
週5日のうち1日をテレワーク・オンライン授業にするだけで2割も昼間人口が減ってしまいます。そうだとしたら明確な意図をもって、観光でも起業でも様々な策を打たなければなりません。例えば、金融系のベンチャーを誘致するとか、そこにファンドや投資家、学識者や学生を入れてエコシステムをつくるといったことが考えられます。5Gやeスポーツもその一つになり得ると思っています。
—千代田区では、ろう者のオリンピック、デフリンピック誘致を応援しているそうですね。
樋口 日本で初めて世界ろう者会議が開かれたのは都庁の中庭です。その時、ろう者連盟の皆さんが涙を流して喜んでいたという話をうかがっていたので、今年パラリンピックを開催した東京ですから、2025年の次のデフリンピックはぜひ誘致すべきだと思います。その際は、千代田区も応援していきます。
営業マン時代の経験が、危機対応に役立っている。
—政治家になろうと思ったのはなぜですか。
樋口 父が公務員でしたから、公とか社会に奉仕する仕事に憧れていました。当時、政治家に興味があったかというとそうではなくて、司馬遼太郎の本を読んで、社会や経済を動かす仕事に興味を持ちました。
関西の大学に入って、今の時代の政治の世界を見てみようと、当時兵庫6区の衆議院議員だった小池百合子さんの事務所に行くようになりました。最初はインターン生、昔で言う書生ですね、そのまま居ついて4年間通いました。途中、小泉郵政選挙があって、代議士が東京10区に行くと決めた時に、学生の身ではありましたが、その選挙戦を直に体験しました。東京に1か月以上いたと思います。小池事務所でいろいろな経験をさせていただく中で、今一度、自分自身を見つめなおしてみようと、政治の世界から離れ、IT関連の会社に入りました。一営業マンとして、非常に貴重で得難い経験をさせていただきました。
—ところが結局、政治の世界に戻ってくる。
樋口 営業時代には師とも言うべき方が上司でおられたのですが、その方に相当鍛えられましたし、お客さまにも育てていただき、成長させていただいたと思います。ささやかな経験ですが、政治家になってからの危機対応、例えば、先程の第5波しかり、ワクチンしかり、打てる手はすべて打つとか、会社員時代の危機管理の経験が公務の世界でも役に立っていると思います。
—千代田区で立候補したのは?
樋口 父の仕事の関係で、隼町の官舎に住んでいました。また、七五三は靖国神社にお参りしました。様々なご縁を頂いて千代田区から都議選に立候補させていただきました。
—千代田区の魅力はどんなところでしょう。
樋口 千代田区のルーツは江戸城です。家康公入府以来、明治、大正、昭和、平成と積み重ねられてきた歴史・文化が最大の魅力ではないでしょうか。近代高等教育機関が発祥した神田神保町や駿河台、飯田橋、あるいは戦後の闇市に由来する秋葉原、外神田、かつては商人の町だった麹町大通り、大名屋敷が連なっていた丸の内、それぞれの地域に風情があり、資源がある、このような恵まれたまちはないと思います。
—今、取り組んでいることは?
樋口 外堀や日本橋川・神田川の水質浄化に取り組んでいます。先日、都・区の職員とボートにのって外濠浄化の取り組みを視察しました。心地よい風が吹いていて、区民の皆さんにも体感していただきたいと思いました。小池知事は「未来の東京戦略」で、将来的に玉川上水からの導水を展望し、外堀に蛍が生息するような環境を目指しておられます。水辺が復活することで、また新しく豊かな文化も生まれてくるのではないでしょうか。
それから都議時代に取り組んだ都道における「東京ストリートヒューマン1st事業」。「シンボルロード整備事業」を改めたもので、ウォーカブル、まさに「車から人へ」ということで、「ヒューマン1st」と名付けられたそうです。
どうしたらまち歩きがしやすくなるか。例えば、ちょっとした路地空間に芝生を敷いてオフィスワーカーがくつろげるようにしたり、区道を遊び場にして、子どもも犬も遊べるようにしたりと思いが膨らみます。昔は公園がなくても、道にチョークで絵を描いたりして遊んでいました。そういう文化を少しでも取り戻していきたいと思います。