日本の知られざる食べ物や、食文化を支える職人にもっとスポットライトを当てたい。

  • インタビュー:津久井 美智江  撮影:宮田 知明

風土ジャーナリスト、フードアナリスト 小林 しのぶさん

父親の影響で子どもの頃からジャーナリストに興味があった。好きな旅をフィールドに、「食」「郷土」にまつわる風俗・民俗・文化を中心に取材活動をスタート。特に駅弁の食べ歩きは30年以上に及び、食べた数は5000種類以上。“駅弁の女王”として、雑誌、テレビ、ラジオ、ウエブ等で活躍する風土ジャーナリスト、フードアナリストの小林しのぶさんにお話をうかがった。

私にとって駅弁は、永遠に終わることがない趣味と仕事のひとつです。

—“駅弁の女王”と呼ばれていますが、今までに何食くらい召し上がりましたか。ほとんど全種類制覇したとか?

小林 駅弁全種類の“食破”はありえないですね。毎月のように新しい駅弁が出ますから。そこが駅弁の魅力でもあります。

 何食食べたか答えるのも難しいです。種類で言えば5千種類以上は食べていると思いますが、同じものを何十個も食べていたりするので、今まで何個というのは難しいですね。

—駅弁を取材するようになったきっかけは?

小林 JTBパブリッシングの月刊誌「旅」の編集者が駅弁に目をつけて、連載記事を書かないかと依頼してきたんです。25歳の時だと思います。実際に取材で動いてみると素材や味など奥が深いことが分かって、旅に行ったら必ず駅弁を食べるようになったという感じです。

 母が岩手県の水沢(現・奥州市)出身なんですね。子供の頃は東北本線の特急はつかりに乗って、毎年お盆の時に岩手に帰っていたんですよ。上野発ですよね、上野駅で駅弁を買って食べながら行った思い出が強い。当時の私にとって駅弁というのは、ハレの日のわくわくする弁当なんですね。連載をたのまれた時に、そういえば昔よく食べたなあって懐かしく思いました。

—文章を書く仕事に就こうと思ったのはいつ頃ですか。

小林 父も祖父も新聞記者なので、子どもの頃からなんとなくジャーナリストには興味がありました。それに文章を書くことが好きで、小学校の時も中学校の時も作文コンクールによく入賞していたので、書く仕事に就きたいとは思っていましたね。

 一時、詩人になりたくて、フランスのフランソワーズ・ヴィヨンとかアポリネールとか、日本だと萩原朔太郎とか寺山修司とか、ちょっとシュルレアリスム系の詩人にはまって、詩もいいなと思ったんですが、詩を書いて本が売れるなんて時代じゃないでしょう。だからジャーナリストの方向で行こうと思ったんです。

—新聞記者になろうとは思わなかったのですか。

小林 学生時代に父親のコネで「週刊朝日」でアルバイトをしていました。初めて書いた記事は、長野県の大町市に1泊で出かけて取材したものでした。もともと旅が好きだったから、すごく楽しくて。それに当時は最年少の署名原稿と言われたんですが、「週刊朝日」に自分の名前が載ったんです。確か20歳か21歳だったと思いますが、その時の感動は今でも覚えています。

—そのまま朝日新聞社に入ろうとは思われなかった?

小林 「週刊朝日」とか「朝日旅の百科」とか「フットワーク」という朝日新聞社内の雑誌で委嘱記者を続けていたんですが、途中で「週刊朝日」に出入りしていた編集プロダクションに誘われて、そこのほうが自由なテーマで執筆できるかなと思ってそちらに就職しました。

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“以前は2個買っていた駅弁も最近は1個に

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駅弁はご飯が命。お米はよいものを使います。

—肩書きの風土ジャーナリストというのは?

小林 食べ物のフードと風土をかけているんです。“風土”としているのは、風土には食べ物だけでなく、自然も人も、生き方とか町とかも全部含まれていると思うから。食べ物のことを書く時も、そういったバックグラウンドを知ることが必要でしょう。

—駅弁を開発する上でも風土は大切だと思いますが、一番苦労するのはどんなところですか。

小林 コスト面ですね。せっかく作るなら美味しいもの、よいものにしたいじゃないですか。私がこれを入れて、これを入れて、こういうのにしましょうというと、どうしても2500円ぐらいの駅弁になっちゃうわけ(笑)。でも、2500円では売れない。好きな人は買うかもしれないけど、コンスタントに毎日並べるには高い。それで、例えばカレイをやめて赤魚にしようとか、海苔も有明海のいい海苔じゃなくてちょっと下げようとか。

 次は容器とか箸の長さですよね。容器はペコペコではいやだからしっかりした経木などを使いたいし、短い箸だとやっぱり美味しくないので、できるだけ長くしたい。だけど長い箸にするとコストがかかる。駅弁を10種類くらい作っていますが、いつもそこで苦労しますね。

 でも、駅弁調製元と双方で必ず合致するのは、ご飯が美味しい駅弁を作りたいということ。駅弁はご飯が命なので、お米はけちらずに、いいものを使います。

—美味しいご飯は、ご飯だけで美味しいですものね。

小林 駅弁の肝ですね。

 今、新型コロナ感染症の影響で駅弁業界も変わってきています。ほんの2年前までは、取り寄せられる駅弁は全国でごくわずかだったんですよ。それがまさかの通販ブーム!

 寿司は賞味期限が長いので、寿司の駅弁は取り寄せできましたけど、普通の駅弁は賞味期限の関係で絶対だめだったわけです。それをみなさん努力して、調理方法や保存期間を変え、ずいぶんたくさんの種類の駅弁が取り寄せられるようになりました。それは駅弁業界にとってありがたいことですし、駅弁ファンにとってもありがたいことですね。

—旅にも行けなくなっていましたからね。でも、やっぱり駅弁は旅の途中で食べたいですよね。駅弁ファンは取寄せでもかまわないのでしょうか。

小林 もちろんよいですよ! 私も本当は旅に行って食べてほしいけど、そうも言っていられない。ほとんど廃業しなきゃならなくなっちゃう。続けるためには、今は取寄せしかないと思いますね。

 駅に行って駅弁がないと、おかしいでしょう。売れても売れなくても、駅にあるのが当たり前。雨の日も嵐の日も雪の日も、とにかく365日、朝には駅に並んでいるというのが駅弁です。だから休業はない。補助金をもらって休業をするのがいいのかもしれないけれど、そこは駅弁屋さんの使命感というか。そこが普通のお弁当屋さんと違うところですよね。そういう意味で、駅弁屋さんは本当に大変な仕事だと思います。

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これまでの旅で見つけたうまいもの100を厳選して一冊にしました。

—7月に「日本が誇る絶品の食遺産100」という本を出されたそうですね。どんな内容なのですか。

小林 これまでの何十年の旅で見つけた、うまいもののストックから100を厳選して一冊にしたものです。フィールドワークみたいなものでしょうか、食べ物のね。私が今までやってきたことの集大成とも言えるかもしれません。コロナ禍で旅もままならないので、取り寄せられるものにしたんですよ。

—通販はやらないというところもあったのでは?

小林 ありました。本当は紹介したかったのに、なくなってしまったお店もありました。全部確認して、写真も新しいのを取り寄せて作りました。これは私でなければできなかっただろうと思います。

 本当に北海道から沖縄まで全部行って、全部自分の足で探して、実際に食べているものです。現地では知られていても、ほとんどそこ以外では知られていないものがいっぱい載っているので、楽しいと思いますよ。

—これからやりたいことはありますか。

小林 日本には今会って話を聞いておかないとなくなってしまう食べ物とか、食に関する職人さんがいます。絶滅危惧種ね。日本の食文化のそういう食べ物や人にもっとスポットライトを当てる仕事がしたいです。

 実は私、音楽関係の仕事もしているんです。旅といっても自分の仕事だけではなくて、そちらもあるので、そっちもけっこう忙しいんですよ。

—どういうことをされているのですか。

小林 ミュージシャンのマネージャーです。

 山木康世というフォークグループ「ふきのとう」のリーダーだった人で、共通の知人がいて一緒に飲んだのがきっかけでいろいろお手伝いするようになって、そのままはまってしまったという感じです。もう24年になります。

 ライブツアーに帯同して、例えばこの前も九州ツアー行ってきましたが、その際に駅弁の新作情報を仕入れたり、新しい現地の食べ物も知ることができました。いろんな人にも会えますしね。だから、自分のためにもなっています。

—仕事の割合としてはどんな感じですか。

小林 最初は9対1で、9が編集・執筆ですね。それが今は6対4くらいになっているでしょうか。編集とマネージャーの仕事って、似たような仕事ではありますが、全然違うタイプの内容ですから、気分転換にもなっているのかもしれません。

 私もそれなりの歳ですし、足も痛いし、先のことを考えると、本当に一日一日が充実していないともったいなさすぎますよね。

—では、そろそろ詩を書かれては?

小林 そうそう。この前、高校時代に書いた詩が出てきて、それを見たら感性が鋭くて、すごくかっこいい詩を書いてるの。今は書けないなあと思いましたね。

 みんな定年になってから、ヨガをやったり、水泳をやったり、趣味の会に行ったりと、好きなことを楽しんでるって言いますでしょう。でも、それって本当なのかな。私はいわゆる会社員というものをあまりやったことがないので分かりませんが、好きなことが仕事で、好きなことが一生できるなら、どっちが幸せなのかなあって思ったりします。ただ、みんな厚生年金がいっぱいもらえるので、うらやましいとは思うんですけどね(笑)。

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