環境と社会に貢献しながら、社員とともに企業も成長を。
大学4年間はアメリカンフットボールに打ち込んだ。この時、「チームで仕事をする」ことの大切さを知った。銅との出会いは学部4年生の時。たまたま訪れた研究室で溶けた銅を目にし、その美しさに心を奪われた。精銅の世界で№1を目指すとともに、多様なキャリアで培った経験を活かし、「組織で仕事をする」ことを原点にESG経営に邁進している古河電気工業株式会社代表取締役社長、小林敬一さんにお話をうかがった。
創業者の考えはまさにSDGs。ESG経営そのもの。
—御社は数多くの事業を展開されていますが、スタートは精銅と電線だそうですね。
小林 創業者の古河市兵衛が、日本資本主義の父と称される渋沢栄一のアドバイスを受けて足尾銅山を買い、“日本を明るくしたい”という思いから電線を作ろうとしたのが始まりです。
当社の基本理念は、「世紀を超えて培ってきた素材力を核として、絶え間ない技術革新により、真に豊かで持続可能な社会の実現に貢献します」ということ。もう少しわかりやすく言いますと、「人と社会基盤の健康を守り、成長を支えることで社会に役立つこと」です。
現在は「メタル」「ポリマー」「フォトニクス」「高周波」の4つの技術を核として、情報通信、エネルギー、自動車、エレクトロニクスといった分野において世界シェア№1を誇る製品をはじめ多岐に渡って事業を展開しており、社会に貢献しています。
基本理念と同様に、我々のDNAとして100年以上ずっとつながってきているのが、「一、従業員を大切にせよ。二、お客さまを大切にせよ。三、新技術を大切にせよ。そして社会に役立つことをせよ」という市兵衛翁の言葉です。この考えはまさにSDGs(持続可能な開発目標)に共通するものであり、環境、社会、ガバナンスに配慮したESG経営そのものです。これを明治時代から言っていたのですからすごいですよね。
—SDGsの達成年である2030年に向けて、2019年に「古河電工グループ ビジョン2030」を策定されたそうですね。どういうものですか。
小林 いろんな社会課題はありますが、2030年に、当社は自分たちの製品や技術でこの課題解決に貢献できているか、あるいは活用されているかを想像しようと、10年後の経営を担う世代を集め、未来からバックキャストして考えてもらったのが、「古河電工グループ ビジョン2030」です。あえてバックキャストの手法を用いたのは、創立以来137年に亘って社会に役立つことで生かされてきた当社が、これから自ら生きる会社に変わるためにはマーケットインの考え方が必要だと思い至ったからです。
その背景として、私自身が社長としては非常に珍しいキャリアを積んできたことがあります。研究職として入って、工場のエンジニアとなり、本部で古河電工グループ全体の原価低減をつかさどる部長に、それからいくつかの事業部門長職を経て、最後に営業を経験しました。このようにオールラウンドな経験を振り返ってみると、当社は社会に生かされてきたと実感したんです。そのうえで未来に目を向けたときに、自ら生きるということがさらなる成長の鍵だと思いました。
地球環境を守り、都市と地方の共生に寄与したい。
—どんなビションになったのですか。
小林 「地球環境を守り、安全・安心・快適な生活を実現するため、情報・エネルギー・モビリティが融合した社会基盤を創る」というものです。
情報通信の分野では、インターネットの普及により、世界の様々な情報がリアルタイムで入手できる環境が整ってきました。価値ある情報を誰もが快適に利用できるキーテクノロジーは、光・情報システムです。当社では、光ファイバ・ケーブルとそれに付随する製品や先進技術の研究開発により、5G(高度通信網)の実現に貢献しています。
エネルギーについては、発電所から私たちの暮らしのすみずみにまで電力を送り届ける送電ケーブルや送配電部品、また、将来は超電導などの技術開発を通じ、増大し続ける電力需要に応えていきます。また、2050年のカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けた要請に応えながら、太陽光発電や洋上風力発電による再生可能エネルギーの利用比率向上などに貢献します。
自動車(モビリティ)におけるテーマは、安全性、快適性、そして環境との調和です。電気自動車などの開発が盛んに行なわれていますが、我々はワイヤハーネスをはじめとする各種エレクトロニクス部品のほか、バッテリやモータの生産に欠かせないレーザ加工ソリューションなどを通じて、自動車の軽量化・燃費向上に貢献します。
現在は、2030年に向けて情報・エネルギー・モビリティが融合した技術革新に取り組んでいます。
—すでに展開している事業が融合していくのですね。
小林 例えば「次世代インフラ」を支える事業として、道路の混雑状況などを自動車に伝えるようなモビリティとインフラとの通信、電気自動車を駐車した状態で充電できるワイヤレス電力伝送、道路が通行人の安全を見守るインテリジェント歩道などの研究に取り組んでいます。このような次の時代を開いていく技術には、先ほど挙げた当社のコア技術を生かしています。
また、社会課題の解決に向けた取り組みの中から、より私たちの生活に身近な例を二つご紹介します。
一つは、防災・減災です。近年、地震や豪雨などの自然災害が増えていますが、被災した時でも快適に過ごしてほしいという思いから、地方自治体の皆さんのご意見を取り入れて開発したのが「スキルフリー(R)避難時用マット」という商品です。これは当社のポリマーの技術を生かした製品で、軽くてクッション性に優れたマットです。組み立ても簡単なことから、避難所でのパーティションとしても使えるのですが、新型コロナウイルス感染症への対応も考慮して、4ヶ月という短い期間で抗ウイルス剤を処方したものを開発しました。万が一の事態への備えとしていただけたら、災害に強い街づくりに貢献できると思っています。
もう一つは、家畜のふん尿からLPガスを創出する技術です。当社のメタルとポリマーの製造・加工技術を用いています。日本ではエネルギーをまかなうために海外から化石燃料を輸入していますが、家畜のふん尿を原料にすることでエネルギーの自給自足につながり、環境省が提唱する地域循環共生圏の形成、ひいては畜産業における雇用の創出による地方創生にも貢献できると考えています。また、LPガスは貯蔵・輸送可能で災害時にも使えるので、防災・減災にも役立ちます。
これらの取り組みにおいては、地方自治体との共創が欠かせません。2030年の社会における課題解決に向けては、都市部に焦点を当てるだけではなく、都市と地方の共生にも寄与したいという思いで日々研究・開発に取り組んでいます。
私が高校生の頃は、公害の勉強というと必ず足尾鉱毒事件が出てきました。入社後、当社のルーツが足尾銅山にあり、市兵衛翁が環境保全に努めていたことを知りました。ある意味においては大変厳しい経験をしたからこそ、「社会に役立つことをせよ」という言葉を残された。だからこそ、我々はモノを作って利益を上げるだけではなく、しっかりと環境や社会に対して貢献するのだと強く思っているんです。
社員の成長なくして、企業の成長はない。
—コロナ禍の影響で暮らしだけではなく働き方も大きく変わりました。
小林 我々がこの「古河電工グループ ビジョン2030」を作った時、Open(オープン)、Agile(アジャイル)、Innovative(イノベーティブ)という3つの言葉をキーワードにしました。このコロナ禍において、社内外を問わずオープンなコミュニケーションを活発にして、加速度的に動く物事に対応できるよう、失敗を恐れずにアジャイルにイノベーティブに動くことの大切さをますます強く感じています。そのために、チームワークを高める一環として「古河電工流上司心得七則(フルカワセブン)」を定め、昨年から部長以上の管理職を対象とした取り組みを始めました。モバイルアプリなどのツールも活用しながら、私自身も日々実践しています。活発なコミュニケーションの中で対話を重ねていくことで、「言いたいことを言い合える」職場環境が生まれ、信頼関係や一体感が構築され、やがて大きな推進力をもたらします。私はよく“Quick win, Fast fail(早く勝て、早く失敗しろ)”と言っていますが、そうすれば必ず次につながるからなんです。
—失敗を恐れずに、目標に向かって進むということですね。
小林 社員のみんなに「『Can(できること)』を増やして、『Will(やりたいこと)』を見つけて欲しい」と話すんです。仕事をしていくと、自分なりの考えや意見を持つようになり、実際に試したいと思う時が来ます。しかし、いざという時に「失敗したら周りに迷惑をかけるかもしれない」と考えて、行動に移せないことがあるかもしれません。でも、失敗は決して無駄ではなく、怖いことでもない。失敗は、勇気を出して行動した証、次につながる成長の糧なんですね。好奇心を持って、いろんなことにチャレンジしてほしい。そして情熱を持って能動的に取り組んでほしいと思っています。そうすれば多くの「Can」を身に付けることができると思うんです。
—単に仕事をこなすだけではないと。
小林 与えられた仕事を「Must(やらなければならないこと)」ではなく、自らやりたいと思う「Want」に変えることが大事なんです。情熱に勝る能力なし。情熱を持って能動的に取り組めば「Can」が増え、できることが広がると「Want」も増えていき、「Will」という明確な夢に変わるのだと思います。
要するに「Can」は成長そのものなんですね。企業の成長とは社員一人ひとりの成長の総和です。市兵衛翁の言葉でも最初に「従業員を大切にせよ」とありますが、社員の成長なくして、企業の成長はありえません。私自身も社長として「Can」を増やし、「Will」を実現するために成長し続けたいと思っています。
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