「健康経営」と「働き方改革」がキーワード

  • 座談会出席者(発言順)
    厚生労働省 保険局 保険課 課長補佐 吉井 弘和氏
    東京都 福祉保健局 保健政策部 健康推進課長 医学博士 長嶺 路子氏
    大和証券グループ本社 人事部 健康経営推進課長 安藤 宣弘氏
    東急不動産ホールディングス株式会社
    グループ人事部 勤労グループ・健康経営推進室 グループリーダー 課長 島田 清華氏
    司会進行:沖縄県 政策参与 一般社団法人日本予防医療協会 代表理事 医学博士 金城 実氏

座談会出席者の方々。
前列左より長嶺路子氏、金城実氏、島田清華氏、後列左より弊紙代表平田邦彦、吉井弘和氏、安藤宣弘氏
※集合写真撮影時のみマスクを外しました

 医療費の増大は国の財政を脅かしかねない危機的状況にあると言っても過言ではない。また、人口減少も避けて通れない課題である。次の世代に社会保障を残さないためには、長く元気で働けるよう体のケアをすることが求められる。健康寿命の延伸について、関係各位に話し合っていただいた。 ※健康経営は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

省庁の垣根を越えた取組「コラボヘルス」

金城 本日司会進行を務めます金城と申します。簡単に自己紹介をさせていただきます。私は大学病院でバリバリの臨床医として最先端の現代医療に取り組んできたんですが、病棟医長になった時、患者を減らせていないという事実に気づき愕然としました。

 考えてみれば当然のことで、病気になったものをいくら早期に見つけてもがんはがん、高血圧は高血圧、糖尿病は糖尿病です。病気は、発見されるまで体の中で徐々に進行しているのですから、これを阻止するようなケアをすることこそが大切で、それは知識と技があれば自分たちでも十分できる。がんも高血圧も糖尿病も、簡単なケアでならないようにできるのではないかというのが私の基本的な考えです。
それで25年前に大学病院を辞めて、健康で長生きするための予防医療に専念することにした次第です。

 ということで、今日は健康寿命の延伸について、皆様からお話をうかがえればと思います。まずは厚生労働省(厚労省)保険局保険課の吉井課長補佐から、省庁の垣根をこえて経済産業省とともに推進している「コラボヘルス」についてご説明いただけますか。

吉井 厚生労働省では、健康保険組合(健保組合)をはじめとする医療保険者(保険者)に対して、いわゆる「データヘルス」を推進していますが、これは加入者の健康データを活用し、データ分析に基づいて、個人の状況に応じた保健指導や効果的な予防・健康づくりを行うというものです。

 このデータヘルスの取組と、経済産業省が平成27年度から推進している「健康経営」とを、省庁の垣根を越えて“車の両輪”として推進しているのがコラボヘルスです。

 つまり、健保組合等の保険者と企業(事業主)が連携し、保険者が実施するデータヘルスと一体的に推進することで、健康経営の実効性を高め、相乗効果が期待できるというわけです。

 コラボヘルスをすることによるメリットは、例えば法定義務となっている特定健康診査(健診)や特定保健指導(保健指導)を、就業時間中に受けられるようにするとか、保険者からだけではなく、企業の人事側やラインの上司から声をかけることによって、より受診しやすくなるということです。

 また、受動喫煙対策として、職場の敷地内の禁煙、もしくは建物の禁煙を一緒に行うことによって、企業にとっては生産性が上がる、保険者にとっては疾病の予防にもつながります。

 厚労省の取組を一つご紹介しますと、スコアリングレポートという、健保組合単位のレポートを、日本健康会議と経済産業省と共同で出しています。これは健診、保健指導の実施率、健康状態、健康習慣としての食生活や睡眠などの項目に関して、各組合の加入者の状態が良いのか悪いのか、最終的に医療費が上がっているのか下がっているのかといったことをまとめたものです。

 使い方の具体的な例を紹介しますと、健保組合の方がこのスコアリングレポートを企業側の経営者もしくは人事の方と共有し、就業時間中の保健指導の初回面接を呼びかけ、かつ上司からも対象者に声かけをしたことで、保健指導の実施率が大きく上がったということがあります。

 現在配布しているのは健保組合単位のスコアリングレポートですが、企業は基本的に事業所単位、事業主単位ですから、より身近に自分事として見ていただけるよう、来年度からは事業主単位でのレポートを作成して併せて配布したいと思っています。

金城 やることがたくさんあるので、指導する側の厚労省も受ける側も大変だと思いますが、優先順位をつけることも必要だと思いますので、ぜひお願いします。

 次に東京都福祉保健局保健政策部健康推進課の長嶺課長から、都が取り組んでいる「健康推進プラン21」についてお話しいただけますでしょうか。

長嶺 都では健康推進プラン21(第二次)を策定し、その中で、職域での健康づくり対策も進めていますが、いろいろ分析してみて課題になったことは、大企業よりも健康経営に取り組む余力のない中小企業を後押しすることが大切だということです。

 そこで都では、職域健康促進サポート事業として、社会保険労務士や保健師、中小企業診断士という職種の健康経営アドバイザーを中小企業に派遣して聞取りを行い、その会社に合ったアドバイスをする事業を行っています。

 これは東京商工会議所を通じて行っているのですが、従業員の健康に配慮した経営に取り組む企業の支援に、非常に力を入れて取り組んでいるところです。

 職場の健康づくりを促進するため、健康優良企業認定制度というのがあります。これは、ステップ1として、企業経営者に、健康経営を行うための職場の健康づくり、環境整備に取り組む「銀の宣言」、いわゆる健康企業宣言を行っていただき、医療保険者による審査を経て、「銀の認定」を受けていただくというものです。

 次のステップ2として、「銀の認定」を受けた企業が健康経営や従業員本人、その家族の健康づくり、安全衛生に取り組む「金の宣言」を行っていただき、健康企業宣言東京推進協議会による審査を経て、「金の認定」を受けていただきます。このような認定を行う中で、徐々に健康に対する認識が育まれていくのではないかと思います。

「健康経営」と「働き方改革」がキーワード

金城 大和証券グループ本社人事部健康経営推進課安藤課長にうかがいます。経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「健康経営銘柄」に6年連続で選出され、また「健康経営優良法人(ホワイト500)」にも4年連続で選定されたそうですね。御社の従業員の健康に関する取組について教えていただけますか。

安藤 当社が従業員の健康に関して力を入れ始めたのは2008年からですが、当時は健康経営やコラボヘルスという言葉はおろか、メタボという言葉もありませんでした。

 その2008年、健保組合から私のところに連絡があったんです。特定健診、保健指導が義務づけられて、健保組合でやらなければならない。だけどグループ各社に人事があって全体で1万3千人いる。健保組合として統率するのはたいへんだから人事も協力してくれないかと。

 それまでは、健保組合は健保組合として、人事は労働安全衛生法上の観点から、医務室は産業医が保険者の立場として健康に関する発信をしているような状況で、社員もいろんなところからいろんなものが来るので、よくわからなかったんですね。

 その頃から健保組合と医務室では定期健診等の数値の分析を始めていたんですが、健康診断の結果、要医療と判定されたにもかかわらず、受診した人はたった2割しかいないということがわかり、衝撃を受けました。何かやらないといけないと始めたのがイエローペーパーの取組です。

 これは要医療になった人に対して黄色い紙を送り、受け取った人はその黄色い紙を持って病院に行き、医師のサインをもらって会社に提出をするというものです。医務室が回収するのは至難の業ですが、人事と協働であれば組織が使えますので、社員もちゃんと提出するようになりました。

 それでも初年度の回収が5割ぐらい。保健師がさんざん督促をしても5割だったんですが、翌年からは8割、だんだん9割に近づいてきました。

金城 すばらしい。やはり人事からの指示ということが大きいのですか。

安藤 そうですね。それまではバラバラに出していた案内を、健保組合、医務室、人事と必ず三者連名で出すようにしました。そこに人事と書いてあると、人事への提出物はほかにもたくさんありますから、これは出さなきゃいけないものだと思ったんだと思います。軽い強制力になったということですね。

金城 なるほど。3つ一緒にやることが大事なんですね。

 東急不動産ホールディングス株式会社グループ人事部健康経営推進室の島田グループリーダー、今回初めて「健康経営銘柄」と、経済産業省と日本健康会議が共催する「健康経営優良法人2020」認定を受けるに至った経緯をお話いただけますか。

島田 当グループで健康経営というものを明確に意識したのは2016年だったと思います。グループとしてウェルネス事業を展開していることもあって、従業員に対する各種施策を「健康経営」と「働き方改革」というキーワードで整理し、改めて「健康宣言」として会社方針を打ち出しました。従業員がいきいきと働ける環境をつくるために、どんどん働き方改革をして、自分の時間や家族との時間を持てるようにしましょう、健康にもなっていきましょうと。

金城 人事が健康診断の受診勧奨も強めていったと。

島田 そうですね。当社グループは国内法人だけでも数十社あり、業態もバラバラなので、最初は各社の人事部内に健康経営の担当部署を設けることなどからスタートしました。過去には、健康診断の受診やストレスチェック受検が徹底されるようになったり、喫煙や飲酒を規制されたりということに「何でそんなことを人事から言われなくちゃいけないんだ、おせっかいだ」という感覚を持った従業員もいると思います。

金城 確かに社員にとってはうるさい話ですよね。でも健康経営は、事業主が社員を家族のように大事に思うということ、社員が健康であることは仕事の一環であると思ってもらわないと始まらない。うまくいったポイントを一つ挙げるとしたら経営層の決断?

島田  そうだと思います。2019年度に本社オフィスを移転したんですが、その頃には、従業員のなかにも働き方改革と健康経営はキーワードとして定着してきていたので、執務スペースやワークスタイルのコンセプトメーキングの段階から、“健康・快適性に配慮したオフィス”というアイディアが自然に生まれてきました。例えば執務スペースのフロアを連結する内部階段を造って、コミュニケーションの活性化と同時に、歩くことの習慣化を図ろう、と。足の疲労を低減するためにスニーカー通勤も導入しました。

金城 グループリーダーとしては、何がポイントだったと思いますか。

島田 当社は連合型の健保組合に加入しているのですが、健康経営上で展開する施策について、折に触れ健康保険組合の方にいろいろとご相談をさせていただきました。保健指導の実施状況や数値を元に健康課題を議論したことで、定量的な視点でも連携して取り組むことができたのは良かったと思います。

ヘルスリテラシーの向上が重要

金城 若い人に健康と言ってもピンとこないと思います。安藤さん、会社の若い人たちに向けたインセンティブがあれば。

安藤 入社してから、男性社員の場合、35歳までにだいたい10㎏ぐらい体重が増えています。そうならないように、若者受けしそうなポイントインセンティブをやったんですが、あまり反応がなくて……。  それで若い人が多い従業員組合とも相談してスマートフォンなどを使い、パーソナルトレーナーがついて励ましてくれ、走ったり歩いたりヨガをやったりするアプリを導入することにしました。すると比較的若い人たちが参加してきたので、それは続けていきたいと思っています。

島田 私は以前から、「若者だけでなくある程度の年代までは、いつでもどこでも使えるスマホアプリでないとなかなか利用が進まないだろう」という考えをもっていました。

 そこで、2020年11~12月にかけてアプリを活用した部署対抗のウォーキングキャンペーンを開催。平均歩数が上位5位までの部署にQUOカードをプレゼントするというインセンティブを付与する企画を実施しました。その結果、同じ部署のメンバー同士互いに励ましあいながら歩数を伸ばしていくなどの動きも見られ、コロナ禍で課題視されているインナーコミュニケーションにおいても効果がありました。

 ヘルスリテラシーが高まれば、会社や健保組合が何か言わなくても、自分たちで動きだしますから、企業だけでなく、国や都、区市町村が、みんなでやっていくと効果的でしょうね。

長嶺 都でもプランの中にヘルスリテラシーの向上をしっかり掲げています。近年特に女性のヘルスリテラシーに着目しておりまして、今年はポータルサイトをつくり、まずは女性にがん検診を受けていただくというところから始めています。

 また、自分のライフスタイルの中で健康づくりに取り組んでもらうための環境整備というのが大切だと思い、駅の階段を上ると何kcal消費するといったことを都のホームページに掲示したり、「野菜メニュー店」とか「バランスメニュー店」を増やす取組をしています。

 ただ、今回のコロナの影響で足踏みしている状態ですが、日常生活に合わせた新たな健康づくりを考えていかなければならないと思っています。

吉井 個人的な話で恐縮ですが、実は今年、すごく歩くようになりました。きっかけはコロナによる緊急事態宣言で、中学生の娘が学校もなく、ずっと家にいるのでストレスがたまり、一緒に散歩に行きたいと言い始め、一緒に散歩に行っているうちにだんだん習慣化したのです。

 何が言いたいかというと、個人が行動を変える動機づけというのは、いろんなパターンがあるということ。知識によって変わることもあれば、私のように家族から言われることもあるし、インセンティブのようにお金ということもあるかもしれません。動機づけをするためには、いろんな仕掛けがあることが大事なのではないかと思いますね。

金城 そのとおりだと思います。私は予防医療を25年やってきて、人を動かすのは本当に難しいと痛感しています。

 車に例えると、ブレーキの利きが悪かったらその車には乗らないでしょうし、タイヤの空気圧やエンジンオイルをチェックして、メンテナンスをしながら乗っているはずです。でも、我々って自分の命を乗せている大事な体(=車)に関してはけっこう無茶乗りしている。まずいと思ってもなかなかアクションを起こさないですし、始めたとしてもだいたい3日でやめる。

 だから続けていく仕組みが重要で、その一つがかっこ良くなりたいとか、肩凝りを治したいといった、自分なりの目標設定。そしてもう一つが、変化が見えることだと思っています。なので私は、認知行動療法という人を動かすことを予防医療の主体に置いているんですよ。

安藤 コロナによってテレワークが増えたために、携帯用のパソコンを全員が持っている状態になっています。これはツールとしては使えると思っています。昨年の11月から医務室がオンライン診療を始めていて、そこでオンラインの健康相談ができますし、ズームなどで会議もしますから、画面と話すことが日常的な風景になってきている。医務室の医師と話をすることが自然になってきたので、医務室と連携して若い人たちに向けていろいろなことを発信していきたいと思っています。

金城 とても良い成功例ですね。反対に、失敗したというようなことはありませんか。

長嶺 失敗例とのことですが、取組が難しいと思っているのが睡眠のことです。今年度、パンフレットなどをつくりながら私たちも今一度考えてみたんですが、よく眠るためには、寝る前の数時間の話だけをするのではなく、朝起きてからの日中の行動から見直さないと、より良い睡眠にはつながりません。そこから啓発しないといけないと感じています。寝不足で疲れて仕事に行くのではなく、しっかり寝て、さっぱりした気持ちで仕事に向かうということは、本人にとっての健康投資でもあるし、会社にとっても大きな資産につながっていくというところも提示していかなければいけないと思います。

金城 社員が自分の体を知ることは仕事の一環、要するに眠くて会社に来るということは、仕事ができないということですよね。この点はもっとアピールしてもいいと思います。

 これからは会社と社員が一緒に共生していく時代です。自分たちは会社のために働いて会社を盛り上げる。会社は自分たちを守るためにいろんなことをやってくれる。そこの関係が大事で、その中心に予防医療がないと、私は健康経営はできないと思います。

 ますます人口が減り、現役でいる時間が長くなります。中高年はもちろん、若い人も元気に歳をとるために、病気にならない体づくりを提唱していきましょう。本日はありがとうございました。

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