警視庁科学捜査研究所 第一化学科化学第一係 係長 風間 守
文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。一般の人にはなかなか知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットを当て、仕事への情熱を探るシリーズ。 今回取材したのは、「科捜研(かそうけん)」という言葉でおなじみの「科学捜査研究所」。犯罪捜査に深く関わる部署であり、公開できる情報が限られるため、取材を受けることは極めて少ないというが、特別に話を聞くことができた。
各分野の化学的知識を生かし現場から解決の糸口を見つける
テレビドラマでおなじみの「科捜研」は京都府警所属だが、東京の安全安心を守る警視庁にも「科捜研」は存在する。犯罪捜査を行う刑事部内に所属し、「法医」「化学」「物理」「文書鑑定」などの科に分かれ、専門知識を有する人材が配置されている。
今回話を聞いた風間守係長は「化学」を担う「第一化学科」に所属し、「無機工業製品」といわれる金属、ガラスなどの成分分析を専門に行っている。
メインとなる業務は、捜査員から依頼のあった事件現場の遺留物や、関係者の着衣についた付着物などの成分分析だ。その分析結果は、捜査方針を左右する証拠になるだけでなく、刑事裁判においても重要な資料になる。ちなみにその分析対象は、目に見えないような微細なものが多いと、風間係長はいう。
「私が勤務した28年間で、鑑定技術や機器の性能は格段に向上しました。肉眼で確認できないものはもちろん、今では1/1000ミリという物質まで精密に分析できるようになりました。そして今も進歩は続いています」
一見、何も確認できない現場でも、わずかな遺留物から、犯人とのつながりは導き出される。科捜研の最新技術が、それを可能にしているのだ。
電子顕微鏡等で成分鑑定
事故現場の原因調査も
風間係長が成分分析を行う際、金属が対象となる場合は、主に「電子顕微鏡」や「蛍光X線分析装置」を使う。一方、ガラス片を対象とする場合は、光の屈折率により微小なガラス片を区別することができる「ガラス屈折計」を使う。
ほかにも資料の大きさや状態により、さまざまな分析装置を使用するというが、より細かい対象を検査する場合もあり、外部機関が所有する大型放射光装置の技術を活用することもあるという。
風間係長が担当しているものには、成分分析以外にも重要な業務がある。爆発事故やガス中毒事故などの原因を解明することだ。そのためには、事故当時の状況を再現して実験することもある。再現と言っても、安全性が確かめられたスモーク等を用い、そのほかの安全面も配慮した上で行うわけだが、リスクはゼロではない。そのため、この業務では信頼関係が最も大事だと、風間係長はいう。
「実験では、多くの人員が現場で作業分担し、何日もかけて行うこともあります。いくら準備しても、実験のリスクをゼロにはできません。でもこの人だったら命を預けられる、と思って現場に臨めることが大事であり、一緒に実験する人との信頼関係なくして命を賭けた実験を行うことはできません。今の係の仲間とは、その信頼関係が構築できていると確信しています」
科捜研は以前この紙面で紹介した「通訳センター」と同様に、科学捜査の専門知識を持つ人を選ぶ「専門職採用」であることから、比較的異動が少なく、一つの部署に長年務める研究員も多い。そのため、部署内で共に過ごす時間が長く、信頼関係が構築しやすいと、風間係長はいう。
人生を左右する鑑定
正確さ、中立性が大事
警視庁外との交流が多いのも、科捜研の特徴のひとつだ。他府県の科捜研に加え、国内外の大学などと連携し、情報交換や技術交流を行っている。化学を専門とする研究者のひとりとして、風間係長はこの環境はとても恵まれていると語る。
「私に限らず科捜研の研究員は、今までできなかった鑑定についての技術開発や、より早く鑑定できる新たな手法など、常に模索しながら日々業務に当たっています。そのために外部との関係性があることは、非常に大きな力になります。そしてそれが実際の鑑定で反映できたときには、何ものにも代えがたい喜びがあります」
とはいえ、鑑定で最も優先されるべきは「正確さ」だと風間係長は断言する。そしてそれを大前提として、鑑定技術の向上を常に目指すことが、科捜研に求められる姿勢だという。
「向上しようという気持ちが、高い鑑定技術を生み出し、迅速かつ正確な捜査の後押しをすると思います。また、中立性・公平性もこの仕事では重要な資質だと感じます。裁判で証拠になり、その人の人生を左右する力を持つ鑑定において、先入観を持たず、客観的に事実を求める姿勢が大切です」
「向上しようという気持ちが、高い鑑定技術を生み出し、迅速かつ正確な捜査の後押しをすると思います。また、中立性・公平性もこの仕事では重要な資質だと感じます。裁判で証拠になり、その人の人生を左右する力を持つ鑑定において、先入観を持たず、客観的に事実を求める姿勢が大切です」