東京消防庁 新宿消防署 予防課 防火安全対策係 機動査察隊
文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。一般の人にはなかなか知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットを当て、仕事への情熱を探るシリーズ。
昨年4月、新宿消防署大久保出張所内に、飲食店、ホテルなどの不特定多数が出入りする「特定用途の建物」に対し、夜間・休日に立入検査や違反是正指導を行うことができる専門部隊「新宿消防署機動査察隊」が創設された。その背景には、2001年に歌舞伎町で起こった大規模ビル火災の存在があった。
44名の犠牲者を出したビル火災を教訓に配置
2001年9月に起こった歌舞伎町ビル火災のことを覚えている人も多いだろう。同月1日深夜1時、新宿区歌舞伎町1丁目の4階建て「明星(みょうじょう)56ビル」から火災が発生。出火元は3階エレベーター付近の階段室、4階に延焼、3階にいた16名と4階にいた28名、合計44名が逃げ遅れて犠牲になった。本来避難に使用されるべき屋内階段は、建物内に1箇所しかなく、3階から4階にかけてはロッカー等の物品が多数置いてあったことから延焼経路となった。さらに3、4階の階段に設置されていた防火戸が開放されていたため、火炎と煙の拡散が早かったと分析されている。
東京都内において戦後最大規模の被害者を出したこのビル火災(ちなみに2019年に多くの犠牲者を出した「京都アニメーション」の火災での犠牲者は36名)を教訓に、東京消防庁は2006年に「新宿歌舞伎町防火安全対策本部」を設置し、同エリアに特化した予防業務をスタート。2008年には庁内唯一の専門係「防火安全対策係」が新宿消防署大久保出張所内に設置され、平日の予防業務体制が整った。
そして2019年4月、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会)の開催を控え、さらなる東京のまちの安全を確保すべく、夜間および休日等の査察体制の充実・強化を図るために、専門知識を持つ交替制の職員による「新宿消防署機動査察隊(以下、機動査察隊)」が、同出張所内に創設された。
歌舞伎町に特化した査察 ビル700棟分をチェック
機動査察隊の隊員は7名。うち1名は毎日勤務(日中勤務)で、他の6名は2名1組になり、3交替制で勤務している。
業務は、その名の通り「査察=建物内が消防法に基づく基準に適しているかの確認等」と、「防火管理=建物管理者等が行う防火管理業務(消防計画の作成や自衛消防訓練の指導等)」の2つで構成される。その日の担当となる2名はこの2業務を兼務し、遂行する。
日中は、主に出張所内での業務だ。管区である歌舞伎町1丁目、2丁目、新宿3丁目にある商業ビル等からの査察、防火管理に関する問い合わせへの対応や、場合によっては現場に向かって指導等を行う。
そして17時になると、機動査察隊の制服と荷物一式(写真)を持ち、朝までかけてその日割り振られた管区内の建物を回り、防火管理や避難に使用する階段等の維持管理などの状況をチェックし、必要に応じて指導する。
ちなみに、隊創設から約1年が経過したが、管区全体の対象となるほぼすべての建物にあたる700棟を一通り査察できたという。
強い権限を持つも冷静に事実を伝える姿勢が大事
坂口亮太主任は、西東京署、渋谷署で予防課に勤務。渋谷署時代には、現在続々と完成している渋谷各所の最新商業ビルの予防担当として、建物の消防面での安全性をチェックしてきた。その間、庁内の予防専門資格の最上位にあたる「上級予防技術」を取得。庁内屈指の予防業務のスペシャリストとして同隊に配置された。
ただ、どれほどのスペシャリストといえども、都内はもちろん、全国随一の繁華街である歌舞伎町が対象管区である。いくらキャリアのある坂口主任が対応しても、素直に指導に従うビル管理者や店舗ばかりではないという。
「年齢が上の相手も多いため、私たちの指示に従わないことも少なくありません。大声をあげて威嚇されたりすることもあります。そのような場合は、具体的に法律を示し、その指示に従わず、火災が起こると、どんな悲惨な状況になるのかを、写真などでリアルに示すようにしています。また、何度も足を運ぶことで、相手の反応は変わってきます」
大半はこうした対応で納得するそうだが、それでも従わないこともあるという。その場合は、機動査察隊の持つ強力な権限を示す。
「我々はその場で書面を作成し、必要に応じて行政処分を出すことも可能です。ただ、それは最終手段。我々がそれほど強い権限を持つという事実を伝えると、ほとんどの人は従います。彼らも法的な措置を受けるデメリットをよくわかっていますから」
どんな対応をされても、怒らず、焦らず、事実を冷静に伝える。この地道な活動の積み重ねが、歌舞伎町のまちをより安全、安心に近づけているのだ。