意志をもって総研大に来た学生をもっともっと応援したい。

  • インタビュー:津久井 美智江  撮影:宮田 知明

国立大学法人 総合研究大学院大学 学長 長谷川 眞理子さん

 生まれは東京だが、母が結核で入院したため、和歌山県紀伊田辺市の祖父母のもとで幼い時を過ごした。そこで出会った美しい海と川と山、そして生き物たちが“リケジョ”の道へと誘った。タンザニアで野生のチンパンジーの行動と生態を研究したのを機に、興味は人間へ—。行動生態学、自然人類学が専門の総合研究大学院大学学長、長谷川 眞理子さんにお話をうかがった。

大学院生を受け入れる研究現場の研究所として誕生した。

—失礼ながら、総合研究大学院大学という学校があるということをまったく知りませんでした。

長谷川 1988年につくられたので、去年30周年を迎えました。総研大は国立大学法人なのですが、とても特殊なつくりです。

 全国にたくさんある国立の研究所は、例えば大きな装置があるとか、すごい専門家が集まっているとか、とても特殊な研究の仕組みを持っています。それをいろんな大学と共同で使うことによって、日本全体の研究力を上げることが目的の大学共同利用機関法人があるのですが、研究所というのは“研究所”であって教育機関ではないので、1988年当時はそういう研究現場の最先端のところで大学院生を受け入れて、そこで博士号の研究をしてもらうということができなかったのです。

 そんな時に、岡崎(愛知県)にある分子科学研究所の先生や大阪の民族学博物館の先生が中心となって、「自分たちで大学院生を採れないなら、自分たちで大学院をつくろう」と、学校教育に関する法律を変えて大学院大学をつくったのです。

—国主導ではなく、現場から生まれたのですね。

長谷川 国会でこの大学院大学を新しくつくる法案を通す時に、「一流の研究をしている研究所が院生を採ると言ったら、うちの大学の大学院に誰も来てくれないのではないか」とか「入学定員をすごく少なくしろ」とか、他の大学から批判がいっぱいあったのです。それほどみんな心配した。でも、全然心配する必要はありませんでした(笑)。

—どうしてですか?

長谷川 やはり親御さんがいちばん気にするのは東京大学とか京都大学、東北大学といった大学の名前。いくら世界トップレベルだと言っても、「総合研究大学院大学? 聞いたことない」となるので、当初から院生殺到というわけではありませんでした。

 もちろん、優秀な院生がたくさんアプライしてくれたので、ちゃんと倍率はあって定員は来ているのですが……。如何せん名前が知られていないのです。

—ノーベル賞を取る人が出てくるとか(笑)。

長谷川 います、二人も! 最近の大隅良典先生は、うちの一つの専攻である基礎生物学研究所で研究なさっていたのですが、定年されて東京工業大学に行かれた(笑)。それでノーベル賞(笑)。

 それから10年ぐらい前に受賞された物理の小林誠先生も、総研大関連の高エネルギー加速器研究所の先生でいらしたのね。すごく損をしております(笑)。

—研究所の科名すべてに「科学」とあるので完全に理科系の大学院だと思っていたら、文化科学研究科という文科系の科もあるのですね。

長谷川 設立メンバーである分子科学研究所の長倉三郎先生や民族学博物館の梅棹忠夫先生をはじめとする先生方の中に「科学というのは一つの大きな知の体系だけれど、科学的なものの見方だけではなく、もっと人間文化も必要だ」という想いがあったのだと思います。

 ですので、基礎的な理科系が4分の3、文科系が4分の1で構成されているのです。でもね、研究のスタイルと、研究者のものを考える道筋が全然違うので、文科系の先生方と理科系の先生方が一緒に何かというのはすごく難しい(笑)。

総研大の入学式にてあいさつ

和歌山県紀伊田辺での原風景が、生物をやりたいと思った原点。

—先生は理学の世界でいろんな研究をされていますが、小さい頃から生き物や人間に興味があったのですか。

長谷川 ええ。私は東京生まれなのですけど、小さい時に母が結核で入院してしまって、治るまで2年か3年、父方の祖父母のところにあずけられたんです。そこが和歌山県の紀伊田辺というところで、海岸のすごくきれいないいところだったのです。その時の海と川と山の美しかったこと。生物が貝も魚もイソギンチャクもどんなにきれいだったか……。それが生物をやりたいなと思った原点です。

 東京に帰ってきてからも、当時は東京も全部が舗装されているわけではありませんでしたから、道端に生えている雑草を一つ一つむしっては植物図鑑で調べたりしている、そういう子供でした。

—周りから浮いてはいませんでしたか(笑)

長谷川 あんまり気にしなかったですね。どなたか、本当に科学をやろうと思ったら生物より物理と化学だよって吹き込んだ人がいて、それで途中から物理と化学に目が行くようになって、それも本当におもしろかった。化学実験のフラスコとかいろいろ買ってもらって、ブクブク混ぜたりしていました(笑)。

—まさに“リケジョ”ですね。それで大学院を出られてタンザニアに?

長谷川 東大大学院の理学部生物学科に動物教室、植物教室、人類学教室があって、人の進化を研究する人類学教室にいた時です。私はまだ若すぎたのか、人というより他の動物のほうに興味があったので、人にいちばん近い野生のチンパンジーの行動と生態を研究するために、博士の2年で休学して2年半、JICAの専門家として行っていました。博士論文はそこの研究です。

—アフリカ生活はいかがでしたか。

長谷川 とにかく前人未到のところに探検に行きたかったので、わくわくしてうれしかったですね。うちの亭主は文学部の心理学なのですが、動物の行動とか心理、認知行動ということに興味があったので、専門家として二人で京都大学が中心に持っているダンガニーカ湖のほとりのサイトに行きました。

 国立公園の予定地なので人は基本的に住んではいけないのですが、国立公園を設計するためにチンパンジーの研究とか植物の研究をする人は住んでよくて、そうするとその学者たちをサポートするタンザニア人のスタッフが必要でしょう。そういう人たちを30人雇っていたの。その人たちには奥さんも子供もいて、しかも奥さんも一人じゃないからけっこうな人数です(笑)。

 自然はすばらしいし、チンパンジーの研究はおもしろいし、探検の欲望は大いに満たされるのですけど、28歳の日本人の院生が、本当に文化の違う現地の人を30人雇うのです。そういう人たちを雇って共同でいろんなことをしながら調査をして、研究をして、データを取らなければいけない。それが本当に大変でした。その経験は私が人間として最も学んだことの一つです。

—それで人間行動学がご専門になった(笑)。

長谷川 そうそう。そういう経験を通してだんだん人間というものがわかってきて、それで人間に興味が出てきたのだと思います。文化って何なのだろうとか、文化が違ってもものすごく理解できるところがあるのに、文化が違うからわからないところもある。この2面性は何だろうと考えはじめました。

左から駐日ノルウェー大使、ノルウェー研究・高等教育大臣、ノルウェー北極大学学長、総研大長谷川学長

女性の管理職が少ないことが、日本の活力が落ちている原因の一つ。

—お見かけしたところ、小柄でかわいらしい印象ですが、すごいバイタリティですね。

長谷川 けっこう強いですよ(笑)。場数は踏んできたと思います。

—そうでなければ学長は務まらない?

長谷川 そうですね。今、86ある国立大学で女性学長は4人。86分の4です。タイムズ・ハイヤー・エデュケーションの世界ランキングのトップ30だと女性学長は30%、100位まで入れると17%。日本は本当にひどいです。

 国会議員も少ないし、知事も少ないし、市町村長も少ないし、市議会議員も少ないし、会社の取締役も少ない。

 一般企業も課長以上の管理職に女性が0であるという会社が9600ぐらい抽出した中の半分あるそうです。とにかく日本はとても遅れていますね。

 90年代からずっと、ほかの国々はどんどん変わり、中東ですら変わったのに、日本は変われなかった。私はこれが、今の日本の活力が落ちている大きな原因の一つだと思います。

—商品開発でも女性が加わるとヒットするということもあるそうですね。

長谷川 そうですよね。出願された特許の中で、男の人だけで出した特許と、男の人と女の人、あるいは男の人でも外国人が交じって出した特許を比べると、後者のほうがよく使われているそうです。やはり発想が豊かになるのでしょうかね。

 総研大は高エネルギー加速器とか天文台とか核融合とか、純粋理系の物理が多いので、リケジョは少ないのは少ないです。ただ、生命系と文化系は男女半分くらいです。うちにわざわざやってくる学生は、自分の育った大学から替わって来るわけですから、それだけはっきりした意志がある。そういうふうにして来た女子学生を、私はもっともっと応援したいのですが……。

 自然科学研究機構高エネルギー加速器研究機構の評議会などでも、男女共同参画がうまくいっていない、女性の数が少なすぎるということが話題になっていましたが、本当に難しい課題です。

—弊紙でも活躍している女性をもっともっとアピールしていきたいと思います。

長谷川 ぜひ!

 この間、総研大のブランチの一つである極地科学専攻が、ノルウェーの北の方にあるノルウェー北極大学と協定を結びました。ノルウェー大使館で調印式をやったのですが、うちの大学の学長が私で、ノルウェー北極大学の学長も駐日ノルウェー大使も女性の方で、たまたま訪れていたノルウェー研究・高等教育大臣も女性で、4ストロング・ウーマンで写真撮りましょうとなりました(笑)。そうしたらノルウェー大使が、「これを当たり前にしなきゃいけないですよね」っておっしゃったのがとても印象的でした。

—楽しかったです。ありがとうございました。

(インタビュー/津久井 美智江)

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