異文化や価値観の違いを理解した上で医療を提供する大切さを知る

  • インタビュー:津久井 美智江  撮影:宮田 知明

日本赤十字社医療センター 看護部 看護師 山本 美紗さん

 日本赤十字社は2017年9月から、ミャンマーの暴力行為から隣国バングラデシュへ逃れてきた避難民を支援するため、バングラデシュの避難民キャンプでクリニック運営など保健医療支援を行なっている。今年4月から現地へ派遣されている看護師、山本美紗さんに、現地の様子やこれからの目標をうかがった。

※国際赤十字では、政治的・民族的背景および避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。

敵味方関係なく、苦しんでいる人を助けるという赤十字の精神に共感。

—今朝、バングラデシュから戻られたとうかがいましたが……。

山本 はい、初めて保健要員として国際救援に派遣され、バングラデシュ南部避難民の支援を行っています。

 今回はトレーニングのための一時帰国で、明日から赤十字の国際活動について学ぶIMPACT(International Mobilization and Preparation for Acti on)という研修に参加してきます。

—バングラデシュと言っても、ミャンマーから逃れて来た方たちですよね。暴力行為がはじまって1ヶ月も経たないうちに緊急医療支援が展開されたのは、すごく早いです。

山本 そこが赤十字の強さだと思います。緊急なことが起きた場合、先遣隊が行って現地の状況を見て、どういう支援が必要かを判断し、いろんな国の赤十字に声をかけて、コーディネートしながら展開していくというのは赤十字ならではですね。

 実際には、バングラデシュ赤新月社という三日月のマークの赤十字の団体が中心となっていろいろな支援活動を展開しています。保健医療の分野ですと、避難民キャンプの中に5、6か所クリニックを開いて避難民の方々の治療をしたり、地域保健活動をやっているんですが、今は1年以上経って、緊急支援から中長期化に切り替わったので、先を見据えてバングラデシュ人と避難民の方々が自立してクリニック、保健医療を運営できるようにサポートしています。

—いつから行かれているのですか。

山本 今年の4月の中旬からです。

—ご自身で希望されて?

山本 国際救援のいくつかの派遣募集があって、それに応募したんです。

—海外で活動することには興味はあったのですか。

山本 高校がクリスチャンの学校だったので礼拝の時間があり、その時にNGOの団体が来られて、世界では貧困や災害で苦しんでいる子どもたちがいるというお話を聞いたのがきっかけです。

 私自身は、普通に3食食べられて、安心して寝られて、教育も受けられて、それが当たり前だと思っていたんですが、その話を聞いてすごい衝撃を受けました。知らない世界があるということに気づいて、知ったからには行動してみたいと思ったんです。

—いろいろな支援の選択肢があったと思いますが、看護師を選んだのは?

山本 人と接するのがすごく好きなので、直接、人と接する仕事がしたいと思って。看護師は患者さんにいちばん近い存在なので、看護師を選んだんです。

—それで日赤を選択されたと。

山本 日赤を選択したのは、敵味方関係なく、苦しんでいる人を助けるという赤十字の精神に共感したからです。日赤の特徴として、病院での国内の医療と、機会があれば国際救援という両方を体験できるので、自分自身が成長できると思っています。

クリニックの前で手洗いの指導の仕方をバングラデシュ赤新月社の看護師に伝授

一人ひとりの思いを直接聞くことの大切さを身をもって知る。

—日本人は山本さん以外に何人いらっしゃるのですか。

山本 今はプロジェクトマネージャー—その方もバックグラウンドは看護師です—と、保健要員として、私ともう一人看護師、事務管理の要員が一人います。ドクターは現地の方で、わりと若いドクターが多いので、一緒に考えながらやっている感じです。

 一日、百人以上の患者さんがいらっしゃるんですが、ここのクリニックを信頼しているので遠くからでも来ているというお話を聞くと、すごくうれしいですね。

—クリニックの環境は?

山本 新しいクリニックを建設中なんですが、今のクリニックは一時的な建物で、竹とビニールシートでできたかなりシンプルなものです。ちょうどモンスーンの時期なので、屋根から雨漏りがしたり、竹なので隙間がたくさんあって、横殴りの雨だとそこから中に入ってきたり……。

 周りに排水溝があるんですが、そこにごみを捨ててしまうことが多く、雨が降ると詰まってしまって、あふれ出して浸水するようなこともあります。クリニック自体はちょっと高さがあるので、浸水まではしませんが、そういった危険性も考えて、みんなでいろいろアイデアを出し合って工夫しています。

—どんなところに住んでいるのですか。

山本 私が泊まっているのはコックスバザールという、わりと中心にある借上げのアパートです。

—そこは竹とかじゃないですよね(笑)。

山本 竹ではないです(笑)。わりとしっかりした建物です。

 そこから金曜日以外の毎日、2時間くらいかけて車で通っているんです。その道のりもけっこう厳しくて、雨が降るとトラックが横転していたりとか……。キャンプの外も悪状況という感じですね。

—食事は大丈夫ですか。

山本 私は現地での食事はすごく好きです。なるべく現地の人に近づこうと思って、スプーンを使わずに右手で食べたりとか。

—やっぱり手で食べるんですね。カレーっぽいもの?

山本 カレーっぽい、スパイスがかなりきいたものです。もともと異文化にはすごく興味があるんです。私が派遣されたのはちょうどラマダンの時期で、それもいい経験でした。日が暮れたら食べてもいいんですが、皆さんが食べているものがけっこうオイリーなもので、まねして一緒に食べたら胃もたれがすごかったです(笑)。

—これからもいろんなところに行かれると思いますが、大切にしたいことは?

山本 今回の活動を通じて、人と人とのかかわりという意味で、患者さん、一緒に働いているメンバー、一人ひとりの思いを直接聞くことの大切さを身をもって知りました。ですので、現地の生活だったり、考え方だったり、価値観の違いだったりを理解したうえで保健医療を提供したいと思っています。

地域保健活動で避難民の声を聞く

シェアハウスに引っ越して、普段から英語を話す環境に身を置く。

—今後の目標は?

山本 今回、派遣の機会をいただいたので、実際に活動して経験したことを皆さんに伝えたいです。今の世の中、いろんな情報があふれているので、なるべく正確な情報を伝えていきたいと思っています。

 それから、若い世代の方々に、やりたいことをあきらめないでと。あきらめなければ、必ずやれるということを伝えたいですね。

—あきらめなければとおっしゃいましたが、そんなに大変だったのですか。

山本 とにかく語学力、英語がネックでした。国内で英語を上達させるには生活を変えるしかないと思い、外国人が多く住むシェアハウスに引っ越して、普段から外国人と英語でやりとりするような環境に身を置いたりと、いろいろ努力しました。

—シェアハウス!よく思いつきましたね。

山本 2年くらい住んだのですが、何気ない会話から全部英語なので全然違いますね。

—その他に苦労されたことは?

山本 看護師として働きはじめて、なかなか業務に慣れなかった時期が3年くらい続いて、看護師は合わないかもしれないと悩んだ時期があったんです。その時、自分が看護師になった理由は何だろうと原点に戻って考え、乗り越えることができました。

 患者さんと接していると、生死について考えたり、人生について考えたり、自分自身、何のために生きているのかを考えるきっかけを与えられます。そういう意味で自分自身の人生が豊かになる機会をいただけていると思って働いています。

—患者さん一人ひとりにそれぞれ人生があって、その一人ひとりの人生にかかわっていくわけですから、つらいこともおありでしょう。

山本 看護師として接するのは本当に人生の一瞬ですが、患者さんにとっては、それまでの積み重ねがあった上で経験していることなので、どう接したらいいのか悩むことは多いです。

 それから、ご家族の対応も難しく感じることがあります。ですので、患者さんだけでなく、ご家族の話もなるべく聞いて、寄り添って、患者さんがどういう人生を歩んでいるのか、患者さん自身を知るように努力しています。

 たわいもない話に意外とヒントがあったりするので、私もなるべく自然体でいるように、普段から気をつけています。

—わがままな人もいるでしょうに、頭が下がります。

患者の処置について地元看護師にアドバイス

山本 患者さんから学ぶことは多いですから。自分自身も患者になったことがあって、人に当たりたくなる気持ちはわかります。ささいなことでも、その患者さんにとってはそれが一番なんですよね。

—機会があったら、また海外派遣に参加したいですか。

山本 はい。現地の人と接するのがすごく楽しいので。バングラデシュの方はわりと英語が通じるので、お互い未熟な英語でがんばってコミュニケーションを取っています。

 それから、簡単な言葉でも現地の言葉を話すとすごく喜ばれるので、ベンガル語ノートを作って、ベンガル語も覚えるように努力しています。

—最後に、一時帰国して一番やりたいことは何ですか。

山本 お風呂に浸かることです。

—では最初に食べたご飯は?

山本 まだ水しか飲んでいないんです(笑)。

—あら、ご飯を食べる時間もないのにお付き合いいただいて、ありがとうございました。ますますのご活躍を期待しています。 (インタビュー/津久井 美智江)

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