起爆剤としての「テレワーク」

  • 編集責任者:津久井 美智江

座談会出席者の方々。
(左奥から時計回りに)東京都産業労働局雇用就業部長 篠原 敏幸氏、一般社団法人日本テレワーク協会名誉会長 宇治 則孝氏、公益財団法人東京しごと財団事務局長 岩井 志奈氏。そして司会を務めた 東京都産業労働局雇用就業部労働環境課長 猪口 純子氏

 政府が推進する働き方改革のひとつとして、「テレワーク」という制度が注目されている。これからの日本の将来像を見据えたテレワークという働き方は、確実に企業に浸透してきている。東京都では2020年導入率35%という目標を掲げ、さらなる推進を図っていきたい考えだ。そんな「テレワーク」について、東京都、そして有識者の方々により、これからの企業の在り方や課題など話し合っていただいた。

東京テレワーク推進センターを設置、企業ニーズに応じた支援を行う。

—本日はお忙しい中、本座談会にご出席いただきありがとうございます。

 初めに、働き方改革、その有効な手法であるテレワークの推進に向けた取組みについて、それぞれの職務上の立場から自己紹介も兼ねてご紹介いただきたいと思います。

 最初に、東京都産業労働局の篠原部長、お願いいたします。

篠原 東京都産業労働局雇用就業部長の篠原と申します。

 昨年6月に国会で、労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現することを目的とした「働き方改革関連法」が成立しました。このうち、時間外労働の上限規制(中小企業は2020年から)や年次有給休暇の確実な取得等の規定については、この4月から順次施行されます。ある意味で外堀が埋められてしまって、有無を言わさずやってもらわないといけないという状態ができて、社会全体の注目を浴びているという状況だと思います。

 こうした取組みは、従業員はもとより企業にとっても必要とする人材を確保し、経営の発展につなげることが可能となります。今後、生産年齢人口の減少が見込まれる中、働き方改革は企業にとって、ますます重要な経営課題の一つとなっています。

 都としても、長時間労働をなくして、労働者が子育てや介護など個人のライフステージと仕事の二者択一ではなく、両立を実現させ、誰もがいきいきと活躍できる社会を作っていくということが大きな目標になっております。

 都は、平成28年度から「TOKYO働き方改革宣言企業制度」という事業をスタートさせました。長時間労働の削減や年次有給休暇の取得促進など、働き方改革に取り組む企業を支援するという事業で、これまでに宣言した企業は約2000社、さらに今年度も1000社の企業が宣言に向けた取組みを進めています。今後、さらに3000社近くの企業を支援していく予定です。

 次にテレワークに関してですが、ご存知のとおりテレワークは従業員にとっては自宅や出張先でも仕事ができ、ライフ・ワーク・バランスの実現に有効です。企業にとっても、人材の定着や採用などの人材確保、オフィスコストの削減、生産性の向上などの効果があります。

 それ以外にも注目しているのが、台風や大雪など自然災害が起きた時の事業継続に絶大な効果があるということです。事実、ある大企業では東日本大震災を機としてテレワークの導入が飛躍的に進んだと言われています。震災国とも言える日本ではテレワークが切り札にもなるし、命綱にもなり得るということです。もちろん、東京2020大会で交通混雑を解消するという面でも大きな武器として考えています。

 都としてはテレワークの普及に向け、一昨年7月に、飯田橋に東京テレワーク推進センターを設置し、日本テレワーク協会の宇治名誉会長に施設長に就任していただきました。現在、このセンターを拠点として、企業がテレワークを導入するために必要な相談、体験、先進事例の情報提供、さらには導入経費の助成まで、企業ニーズに応じた幅広い支援を行っています。

岩井 東京しごと財団事務局長の岩井でございます。

 財団では平成16年度の設立以降、働く意欲を持つ都民の皆さんの雇用・就業を支援してきましたが、平成28年度から新たに事業主に対する人材の確保・育成、および雇用環境の整備等の支援を始めました。

 その一つとして、先ほどお話のあった「TOKYO働き方改革宣言」を行った企業に対し、専門家が企業を巡回訪問して、働き方改革の取組み状況を確認し助言を行うとともに、フレックスタイムや記念日等有給休暇など、新たに導入した制度の利用を促す助成金事業があります。宣言内容の実現に向けた企業の取組みをきめ細かに支援しています。

 加えてテレワークの普及に向けて、「テレワーク活用・働く女性応援事業」によりテレワーク環境の整備にかかる経費の一部を助成しています。テレワーク機器やサテライトオフィスを活用し、時間や場所の制約を受けない柔軟な働き方の実現に向けた企業の取組みを支援しています。

 利用した企業からは、超過勤務の削減やライフ・ワーク・バランスの実現、離職率の低下につながったという声が寄せられています。

宇治 東京テレワーク推進センター施設長を拝命している宇治でございます。同時に一般社団法人日本テレワーク協会の名誉会長もしています。

 日本テレワーク協会は、2000年の設立以来一貫してテレワークという働き方の普及促進に努めている団体です。テレワークのすばらしい展開をしている企業・団体を表彰するテレワーク推進賞は今年度で19回目ですし、普及・促進の視点から、特に先進的な企業の事例等を紹介する意味で、トップフォーラムを展開しています。また、会員とともに5つの調査研究部会活動も行っています。

 政府では、総務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省の4省がテレワーク普及推進を担っていますが、日本テレワーク協会は各省庁や東京都等と連携し、全国各地でセミナーや相談センターを開くなど、さまざまな活動をしています。

 また、政府と都が推進しているテレワークの普及と東京2020大会の交通混雑緩和を目的として2017年から行っている7月の「テレワーク・デイズ」、11月の「テレワーク月間」においても連携し、参加促進活動を行っています。

 東京テレワーク推進センターでは、ICTはもちろん、人事や業務改善、労務管理に精通しているコンシェルジェが対応し、テレワーク導入を検討されている企業様が直面している課題に対し、企業様に寄り添ってご満足いただけるような支援を提供しています。

 平成29年7月に設立以来、約1年半でセンターにお越しいただいた方は昨年末で6500人以上、今年度でも3500人を超える方にお越しいただき、たいへん多くの方に利用していただいています。

飯田橋にある『東京テレワーク推進センター』内の様子。常設展示コーナーでは、実際の機器に触れ体験できる。また企業の導入事例や行政機関の支援についての情報を紹介するコーナーも充実。テレワークについてなんでも相談を受けつけられる体制が、この施設では整えられている

テレワークの定着化には、組織風土の変革と意識改革が必要。

—テレワークは、従業員のライフ・ワーク・バランスや企業の生産性向上、さらには東京2020大会の交通混雑解消にも資するものであるとのことでした。篠原部長、都内企業における現在のテレワークの導入状況はいかがでしょうか。

篠原 都が昨年7月に従業員30人以上の企業を対象として行った調査によると、テレワーク導入率は19.2%で、昨年度の6.8%から約3倍と大きく上昇していることがわかりました。また、これ以外に約2割の企業が今後の導入を前向きにとらえていると回答しております。また、テレワーク自体がどういうものかという認知度も1年前に比べてかなり上昇していることがわかります。

 都では、東京2020大会の開催までに、従業員30人以上の企業の約3分の1に当たる1万社以上、35%の企業に導入していただくという目標を立てて、普及に向けた事業を進めているところです。

—宇治施設長にうかがいます。企業におけるテレワークが普及するための課題を教えていただけますでしょうか。また、普及に向けてはどのような取組みが必要でしょうか。

宇治 平成29年通信利用動向調査によれば、企業がテレワークを導入しない理由として「テレワークに適した仕事がないから」が圧倒的多数で、他には「情報セキュリティ」「社内コミュニケーション」「適切な労務管理」等が挙げられています。

 「テレワークに適した仕事がないから」というのはテレワークに関する理解や認識不足、また現状を変えたくないという意識などが原因と考えられます。情報セキュリティやコミュニケーション、労務管理については、優れた先進事例を参照することで解決を図ることができます。

 テレワークの導入を成功に導くためには、会社にとっての導入目的を明確化したうえで、社内の推進体制を構築し、全社員を巻き込み理解をしてもらいながら、改善しつつ導入・推進していくことが欠かせません。最初は一部の組織での期間を限定したトライアル導入によるスモール・スタートでもいいんです。週1日や2日のテレワーク実施なら、労務管理の方法を大きく変える必要はありません。労務管理やICTの活用、情報セキュリティ対策は東京テレワーク推進センター等の専門機関のアドバイスの利用も有効です。

 多くの事例から、最初は心配していても、実際にトライアルをやってみたら生産性が向上した、社員だけでなく上司の満足度も上がったという結果が出ています。テレワークの定着化には、組織風土の変革も重要です。このためには、経営トップによるドライブと、中間管理職の意識改革が欠かせません。

 東京テレワーク推進センターが専門的な視点からのアドバイスをさせていただけると思いますので、利用いただければと思っております。

—企業への導入促進に向けた東京都としごと財団の今後の取組みを詳しく教えていただけますか。また、35%の目標達成に向けて、今後、どのような取組みを行っていかれるのでしょうか。

篠原 都としましては大きく二つに分けて考えていて、1点は普及促進と気運醸成の部分をさらに強化していかないといけないということです。

 先ほど19・2%の企業が導入していて2割の企業が前向きだと申し上げましたが、残念ながら6割の企業はまだ導入予定がない状態ですので、この企業に対して働きかけることが非常に重要です。

 今、宇治施設長からテレワーク導入の成功の秘訣をお話しいただきましたけれども、テレワークが一部の特別な人のためのものではなく、企業全体、ひいては社会全体の働き方に資するものであるということを、トップも含めて各企業に理解していただくことが重要だと考えています。都では、企業にもっと積極的にアプローチするため、これまでのテレワーク・デイズの時のイベントやキャンペーンだけではなく、業界団体や企業とつきあいのある金融機関を通じて、普及啓発や事業のPRを強化していく予定でおります。

 それともう一つは、具体的な導入の後押しをするということです。これまで都では、企業に対してテレワークに適した環境を提案するコンサルティングを行ってきましたが、今後はさらにトライアル、すなわち試行的にテレワークを導入する場合の費用助成を行い、切れ目のない支援を展開していきます。

岩井 都が来年度から実施するテレワーク導入の費用助成(「はじめてテレワーク」)に関し、財団では、テレワーク機器等のパッケージ提供および「テレワーク制度整備」に対する補助金の支給を担います。

 具体的には業界団体によるテレワーク導入コンサルティング、または都が実施するワークスタイル変革コンサルティングを終了した企業に対し補助を行い、規模としては3250社を予定しています。コンサルティングを受け、導入の準備が整った企業が速やかに、円滑な実施ができるよう、まさに切れ目のない支援を展開していきます。

 また、本格導入を目指す企業には、先ほど財団の取組みでもご案内しましたが、「テレワーク活用・働く女性応援事業」により、機器導入や民間のサテライトオフィスの利用料にかかる経費の一部を助成するなど、企業ニーズに即した事業を展開してまいります。

テレワークはムーブメントではなく、さまざまな切り口があるキーワード。

—テレワークに最も長く携わってこられた宇治施設長の目から見て、最近のテレワークのムーブメントをどのようにとらえていらっしゃいますか。

宇治 従来は、テレワークという働き方は、ICTや外資系などでの利用が多かったのですが、最近は、製造や金融など幅広い業種にも広がると共に、育児や介護などの事由だけでなく、幅広い層の従業員にテレワークを認める企業が増えています。こういった企業では、テレワークを、過去の福利厚生施策としてではなく、労働生産性を上げ、多様な人材が活躍できるクリエイティブな成果を生むための経営戦略として取り組んでいるという特徴があります。総務省の平成28年通信利用動向調査でも、テレワークを導入した企業の一社あたりの労働生産性は、導入していない企業の1・6倍に上るという結果が出ました。

 利用の拡がりに応じて、首都圏を中心に民間の事業者等によるサテライトオフィスもこの2年ほどで急速に増え、モバイルワークも格段に実施しやすくなっています。

 一方、中小企業や地方では、テレワークの利用や関心は残念ながらまだ低いのが現状です。テレワークは、優秀な働き手を確保し、少ない人数で効率的に仕事をする上で極めて有効な、働き方改革の切り札です。少子高齢化が進む中、中小企業でこそぜひ取り入れていただきたい働き方です。

 政府は全国のテレワーク普及の目標値として2020年までにテレワーク導入企業を2012年の11・5%の3倍、34・5%にすることを目指しています。これに対して、2017年においては導入済みの企業は13・9%、導入予定ありまで含めると18・2%という状況でした。

—テレワークを導入することにより、多様な、自分らしい時間の過ごし方、生き方ができるようになります。働き方改革は、生き方改革と言えると思います。

篠原 会社や工場へ出かけて働くというのは、20世紀になってからのことですから、テレワークは人間の本来あるべき働き方に戻っていくと考えられるのではないでしょうか。8時間労働とか時給という価値観を壊してしまうかもしれないこのテレワークというものに、世の中をどう合わせていくか、法律をどう変えていくかということのほうがむしろ難しいと思います。

宇治 中間マネジメント層には、若い社員が「今日はテレワークします」と言うと、さぼっているとか、あるいは目の前にいないと管理監督できないと思う人がいますが、その意識を変えることが重要です。

 最近の動きとしては、企業がテレワークの制度を導入してないとなると、若い人、有能な人が来ないという傾向があり、テレワークはある意味で企業にとってプレッシャーであるとともに、導入している企業にとってはブランド力になると思います。

岩井 一方で、テレワークで孤立感を覚えたり、社員間の意志疎通不足となったりするケースもあり、会社側は社員のコミュニケーションの機会なり手段を準備しておかないといけないと思います。

—最後に皆さまから今後に向けた、テレワーク推進に向けての決意をお願いいたします。

宇治 テレワーク協会の事業にテレワーク川柳というものがあるのですが、その中で私が気に入っているのは「変えるもの 制度・システム いや風土」という句です。笑い話ですが、日本の男性は会社に行って無駄話をしたり、終わってからお酒を飲んだりしたいんですね。家でテレワークしていると、「テレワーク 家ではかどる 妻しぶる」(サラリーマン川柳)(笑)。これからは「テレワーク 家ではかどる 妻喜ぶ」と、こういう流れになって欲しいと思っています。

 つまり、テレワークの利用には、制度やシステムを変えるだけではなく、働き方に関する考え方、組織の風土をこそ変えていくことだよ、ということです。私は、テレワークがレガシーとして定着するために、テレワークの普及促進に努めてまいります。

岩井 テレワークは、一つの独立したムーブメントではなく、ライフ・ワーク・バランス、働き方改革、ダイバーシティの実現といったさまざまな切り口で登場するキーワードです。

 都の政策実現の現場を担う都庁グループの一員として、財団自身も職員のテレワークに取り組むとともに、テレワーク協会、都と連携し、都内の中小企業が抱えるさまざまな課題解決の糸口になるテレワークの導入支援を強化してまいります。

篠原 都としましては、テレワークだけではなくて、時差ビズなどを含めた働き方改革そのものを東京オリンピック・パラリンピックのレガシーにしていきたいと考えております。

 テレワーク、時差出勤など、さまざまな手法による働き方改革は、大会期間中の交通混雑緩和にも大きく寄与することになります。

 こういう取組みを都はスムーズビズと呼ぶことにしました。都の行政だけでなく、都民や事業者などを巻き込んで、新しいワークスタイルや企業活動の東京モデルとして広く社会に普及させていきたいと考えております。

—テレワークが働き方改革の重要な選択肢であることがあらためて再認識できました。本日は皆さまありがとうございました。

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