海上保安庁 海上保安試験研究センター
化学分析課
文字通り、仕事に自分の命を賭けることもある人たちがいる。一般の人にはなかなか知られることのない彼らの仕事内容や日々の研鑽・努力にスポットを当て、仕事への情熱を探るシリーズ。 東京都立川市にある「海上保安試験研究センター」は、海上保安庁の活動を科学的側面から支える、試験・研究・分析・鑑定の専門組織だ。3年前にこの紙面で分析・鑑定の第一人者を紹介したが、今号ではその流れをくむ「科捜研の女」として活躍し、3度の出産を経て現在も同センターに勤務する、女性海上保安官にスポットを当てる。
船舶や装備品の試験・研究から事故を解明する「海の科捜研」まで
海上保安試験研究センターでは、海上保安業務に使用する巡視船艇、航路標識、業務用資器材に関する試験・研究、及び海上犯罪の証拠品の分析・鑑定を行っている。
組織としては、業務の総合調整や庶務をつかさどる「管理課」、船舶交通の安全確保のために必要な灯台などの航路標識の試験・研究等を行う「交通技術課」、海の治安を守る巡視船及び各種装備品の試験・研究等を行う「装備機材課」、油や海洋汚染物質、工場排水等の分析・鑑定等を行う「化学分析課」、船舶の衝突事故等があった際の塗膜(船舶表面の塗装部分)や薬物、微物等の分析・鑑定等を行う「科学捜査研究課」、事故等にあった船舶の航海計器・画像等の解析や海員証等の分析・鑑定を行う「電子情報分析課」の、6つの課で構成されている。
巡視船艇の潤滑油等を分析し 安全かつ低コスト運用を支える
今回取材した栗栖明日香さんは「化学分析課」に所属し、主に巡視船艇に使用する潤滑油等の性状試験を行っている。
「巡視船艇に使用している状態を科学的に分析しています。酸化や水分・燃料油等の異物混入などさまざまな要因で潤滑油が劣化すると、船の運航に支障が出るため、定期的に交換する必要があります。ただ、大型巡視船になると、交換する油の量も多く、膨大なコストがかかります。そのため、科学的に安全性を証明し、最低限の交換かつ低コストで済むようにすることが私たちの仕事です」
時期に波はあるものの、ほぼ毎週、全国の海上保安部署から潤滑油の試験依頼が届く。油の種類により異なるものの、試験項目は8つほどで、それぞれ専用の機器で試験し、その合間には別の手作業の試験を進める。
「私たち分析担当者は、効率的かつ迅速に結果を出すことが求められます。特に一度に多数の試料が来たときには、どの試験をどのタイミングで進めればいいのか、時間を計算しながら作業を進めていきます。試験終了後の機器のメンテナンスから試験用器具の洗浄、報告書の作成までのすべてが私たちの仕事です。計画通りに作業が終わった日は、少しでも現場の役に立てたという思いがあり、充実感がありますね」
出産育児に理解ある職場
与えられた職務に全力投球
化学分析課の前は科学捜査研究課(科捜研)に所属。そこでは日々時間との戦いが続き、終電間際で帰るのも珍しくなかった。
「以前の科捜研では違う緊張感がありました。事故の科学的な事実解明が主な仕事ですから、現場に1日も早く結果を伝えることが求められます。また、我々の鑑定が裁判の証拠にもなるため、自分たちの仕事次第で人の人生が変わる可能性があります。そう思うと、身が引き締まる思いでした」
科捜研時代は、鑑定書を累計約85点作成。2005年に発生した根室沖のさんま漁船とイスラエル籍コンテナ船との衝突事案では、事件の解決につながった塗膜の異同識別を行い、長官表彰を受賞した。
「海上保安試験研究センターの仕事は、現場の海上保安官を支える重要な仕事であり、やりがいがあります。今は育児のため短時間勤務であることから、限られた時間の中で職務に全力で取り組み、成果を上げることが最大の使命であると感じています」
実は同センターは庁内でも女性の働く環境整備が進む組織で、所長に次ぐポストは女性が勤めている。その働きやすい雰囲気は、彼女の生き生きとした表情からも感じられた。