避難器具の製造・販売
ナカ工業株式会社
日本にある世界トップクラスの技術・技能—。それを生み出すまでには、果たしてどんな苦心があったのだろうか。4年半前にこの紙面で紹介した、「避難弱者」が安心して高所からの移動が可能になる避難器具は、さまざまな課題を乗り越え、受け入れられつつある。現在は、2020年を契機としたバリアフリー社会を見据え、車いす移動対応の製品開発にも着手している。
「ユニバーサル避難器具」改め「UDエスケープ」。前回本紙面で紹介してから3年後の2017年末、総務省消防庁の認定機関「日本消防検定協会」が認定する「特定機器評価」を取得した。これにより、安全な避難器具として評価されたことになる。
しかし、その影響はすぐに出ることはなかった。前回取材時も対応してくれた、同社技術研究所開発三課長の城戸憲昌さんは、次のように分析する。
「特定機器評価とは、これまで防災器具として評価基準のない機器に、認定機関がその基準と同等の技術水準があると認定するものですが、取得当時は、設計側・施設側の機器評価に対する認知度が高くないことに加え、消防署も全体的に慎重な状況でした」
この器具を設置するためには、所轄の消防署に「基準の特例」での設置を相談する必要がある。言い換えれば、消防署の承認がなければ、設置はできないのである。
「しかしおかげさまで、ようやくそんな状況が好転しはじめています。5年間の取り組みがようやく形になってきました」
避難弱者でも安全安心に利用できる避難器具を
具体的な経緯と成果を見る前に、「UDエスケープ」自体の機能と構造をおさらいしておこう。
マンションなどの集合住宅には、災害時に高所から移動するための避難器具の設置が義務付けられている。従来は縄状や金属製の「避難はしご」、袋を抜けて降りる「救助袋」が主流だったが、身体が不自由な人、特に高齢者や子どもなどの「避難弱者」にとっては、避難が容易とはいえなかった。
「UDエスケープ」は、そんな人たちでも容易に、安心して使える、言ってみれば簡易エレベーターのような避難器具だ。
避難はしごと同じような形のハッチを開けると、ハンドルと足場が出てくる。そのハンドルを引き出すと、大人の腰あたりの高さでロックされ、それを手すりとして持ち、足場に立って中央にあるロックペダルを踏むと、ゆっくりと下に降りていく。視覚的な設計にも配慮しており、恐怖感なく降りることができる。
特筆すべきは、電力を使用しないことだ。災害時などは電力が止まる可能性が高い。そのような事態も想定し、使用する人の体重を利用する構造を、独自に開発した。
「弊社は避難はしごなども開発してきましたが、高齢者や子どもでも不安なく利用できる避難器具を作りたいと思い、2011年に製品の開発に着手しました。そして2014年、ほぼ現在の製品が完成しました」(城戸さん)
安全な避難器具として評価
消防庁長官からも表彰
話を戻そう。なかなか広まらない状況を打開すべく、トラックの荷台へ設置できるPR用デモ機を製作。全国各地を巡り、その有効性を説明して回った。
「そもそも避難訓練などでは、避難器具を実際に使うことはほとんどありません。説明会にPR用デモ機を持ち込み、実際に体験してもらい、機能を実感していただきました」
追い風も吹いた。2018年には、レジリエンス(国土強靭化)社会構築に向けて積極的に取り組む企業を表彰する「ジャパン・レジリエンス・アワード2018」(一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会)の優秀賞、建設産業の優れた新技術を表彰する「国土技術開発賞」(一般社団法人国土技術研究センター)と立て続けに受賞したのだ。
そしてついに、大阪の大東市の消防署から提案があり、同市の保育施設に「UDエスケープ」の特例設置が決定した。
「この導入により、子どもでも安心して避難できる器具を目指した、我々の目標が一つ達成できたと思います。さらにその事例は、消防庁長官が表彰する「優良消防用設備等 消防庁長官表彰」を受賞し、全国の消防署にも認知されました」
車いす対応の機器も開発
避難弱者ゼロをめざす
その後、全国各地から問い合わせが相次ぎ、都内での導入も進んでいるという。
「都内には多数の高齢者施設がありますが、そういう施設では、避難時には高齢者をスタッフが背負って運んだりしなければならない場合が多いと聞きます。自立歩行が可能な方はこの機器で避難すると、スタッフの負担を軽減することもできると思います」
実は次なる開発にも着手している。車いすでも移動できる「UDエスケープ」だ(ページ一番上の写真2枚)。
「もちろんサイズは大きくなりますが、車いすを乗せた状態での安定性、重量などはクリアできています。ただ、展示会等でのご要望も多く、今はそれにも対応できるモデルに改良開発中です」
車いすという「避難弱者」にも対応する避難機器。2020年の東京にもぜひ取り入れてほしいと、城戸さんはいう。
「海外は建物のルール上、避難器具自体がほとんどないと聞きます。日本発の安全・安心の避難器具の価値を、海外の方に直に感じてもらいたいです」
車いすにとどまらず、医療関係施設などであればストレチャー、乳幼児保育施設などではベビーカーごと乗せられる機器にも挑戦したいという。今後の「UDエスケープ」の躍進に期待したい。