いかに寛容性を持って他者を迎え入れるか。
それが社会に問われている課題。
渋谷区生まれ、渋谷区育ち。「原宿、神宮前に住んでいる」と答えると、十中八九どころか“十中十”「いいなぁ」と言われてきた。それは街の価値であり、シティプライドにつながる。「政治はソーシャルプロデュースだ」との口説き文句に、広告プロデューサーから政治の世界へ飛び込んだ渋谷区長、長谷部健さんにお話をうかがった。
今の子どもたちが大人になった時のために20年ぶりに区の基本構想を改定
—仮庁舎とはいえ、とてもおしゃれな空間で驚きました。
長谷部 このフロアは主に総務部門なんですが、来年1月の新庁舎移転に向けて、ワークスタイル改革のパイロットエリアとして、ICT環境や什器などのテストをしているんです。新庁舎では、フリーデスクにしたり職員全員がタブレットPCを持つなど、ワークスタイル改革を図り、今までの自治体にはなかった就業環境を一気に整備するつもりです。
—区のホームページもおしゃれな企業のものという感じです。
長谷部 おしゃれというよりも、なるべく使いやすく、興味を引くようにしたいと思って、民間のコンサルティングを受けながら、メンテナンスしています。
区の広報紙である「しぶや区ニュース」も、「渋谷のローカルスターに焦点を当てる」という切り口から、地域のコミュニティで活躍する方々を紹介することで、読み物としてまず手に取ってもらえるようにしました。地域コミュニティFMである「渋谷のラジオ」とも連動して、紙と電波でメディアミックスしながら広げています。
—やはり広告代理店にいらしたことが影響していますか。
長谷部 そうですね。区議会議員の時は、議会での質問をプレゼンと位置づけ、提案を中心に発言していました。ターゲットが渋谷区民で、クライアントが渋谷区役所という考え方です。今はクライアント側のトップに立ったわけですが、そのスタンスは変わりません。
区長になって最初に手掛けたのは、基本構想の改定です。基本構想は地方自治体にとって政策の最上位の概念ですが、それを20年ぶりに改定しました。
—基本構想をまとめた冊子が美術展の図録みたいですね。
長谷部 あえてそういう作りにしました。もちろん堅いところもあるんですよ。
渋谷らしい特徴を持たせたいと、多様性、ダイバーシティということを多分に意識し、「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」というタイトルにし、教育とか福祉とか防災とか7つのカテゴリーに分けて、それぞれに表題と言葉を作っています。
例えば、健康・スポーツは、「思わず身体を動かしたくなる街へ」。渋谷区は、新しくグラウンドとかプールを造ろうとしてもなかなかそういった土地はありません。だったら渋谷区全体を15km²の運動場だと考えてみようと。
例えば、道路。大きな道路を通行止めにするのは難しいですが、住宅街で周辺のお宅がみんないいと言えば、日曜日の午後1時から5時まではキャッチボールをしていいとか、フットサルをしていいとか、発想を変えるとまだまだ運動できるところはたくさんあるんですね。
—なるほど。
長谷部 そういうふうにアイデアがループするよう、いろんな言葉をまぶしてあるんです。PRするための歌も作ったんですよ。タイトルは、「YOU MAKE SHIBUYA」と「夢行く渋谷」をかけて、「夢みる渋谷 YOU MAKE SHIBUYA」。渋谷系の人たちが「渋谷区のためだったら」と手弁当で作ってくれました。曲はカジヒデキさん、歌はピチカートファイブの野宮真貴さん。合唱バージョンもありますし、小学生が運動会で踊れるようにダンスバージョンも作りました。ダンスバージョンはEXILEが協力してくれて、無償で全部作ってくれました。基本構想は20年先のビジョンなので、今の子どもたちが大人になった時の話だと思うんですね。子どもたちに渋谷区のことをもっと知ってほしいと、分かりやすい体裁にしているということもあるんです。
区民サービスのレベルを落とさず、さらに上げるために民間のノウハウを活用
—渋谷生まれ渋谷育ちということですが、渋谷区では子どもは増えているんですか。
長谷部 増えています。総人口も増えていますね。ただ、財政面では経済の影響を非常に受けやすい区なので、景気変動のリスクは常に抱えていると思っています。区の税収入を分析すると、税収が堅調なのは株と土地の売買の影響が大きいんですね。
—それは渋谷区に限らず、どこも同じだとは思いますが。
長谷部 渋谷区は土地の値段が高い分、上下する金額の幅も大きく、事業者の出入りも多いので、他のエリアよりはシビアに考えておかないといけないと思っています。
多くの税収が見込めないときであっても、区民サービスのレベルを落とすことなく、さらに上げ続けていくためには民間のノウハウを活用したほうがいいと考え、民間企業とのタイアップを積極的に進めています。
最初はLINE株式会社の無料アプリを活用した子育て支援サービスでした。これは子どもの予防接種、検診等に関する情報や保育サービスに関する情報など、子育て世代に子育てに必要な情報を提供するものです。AIの導入で多少費用は発生しましたが、基本的にはすべてLINE社が担ってくださっています。
同様に株式会社BEAMSとも、区役所と渋谷をおしゃれにしようというテーマで「シブヤ・ソーシャル・アクション・パートナー協定」を締結しています。今日現在、企業17、大学6と組んで、いろんなことをやっています。
—他にはどんなことに力を入れているのですか。
長谷部 多様性と情報発信力ですね。
例えば、渋谷駅周辺は日本の中で最もエンターテインメントが似合う街のはずなんです。日本にはあまりエンタメを集中させている街がなくて、それを特区にしてさらに発展させていけないかなと思っています。
大規模開発する際にホールなど社会貢献の施設があると容積を増すことができますが、渋谷はカウンターカルチャーとかそういったものが重要なので、大きいホールだけでなく、小さいビルでも、建て直す時にクラブスペースやコンサートホールを作ってほしい。
それから、クリエイティブ・インキュベーションということでいけば、IT系の創発が起こるような施設を付随した場合は容積・高さを増してもいい。その代わり最上階には人が住むという条件にすれば、おもしろい街づくりができるんじゃないかと思っています。
—確かに、その辺りのアピールが弱かったかもしれませんね。
長谷部 東京は、それが弱いんですよ。都市間競争という言葉はあまり好きじゃないですけど、3・11以降、外資のヘッドクォーターが東京からシンガポールや上海、香港に行ってしまった。つまり、ビジネスをするところは東京じゃなくなってきている。そうなるとストロングポイントは文化だと思うんですね。
Jポップもアジアで受けてますよね。でも彼らが表現する場所がない。「どこで表現したい?」と聞くと「渋谷」と言ってくれる若者が多いので、渋谷に表現の場と才能が集まってくる仕掛けができたらいいですね。
掃除をするとその場所をホームに感じる不思議な効果がある
—シティプライドが根底にあったとはいえ、広告代理店勤務から政治の世界に転身するのは勇気がいったのではありませんか。
長谷部 それなりに政治についてはアンテナを張っていましたが、政治家になろうなんて思ったことは一度もありませんでした。
僕は広告に携わっていてプロデューサー的な立場でいろいろやっていたので、いずれプロデューサーとして独立して、プロデューサーロードを行くつもりだったんですね。
そうしたら、「おまえにやってもらうのは表参道のプロデューサー、渋谷区のプロデューサーだ。政治はソーシャルプロデュースだ」と地元の商店会や同級生たちに口説かれて、それはちょっとおもしろいなと思いました。
—すごい口説き文句ですね。
長谷部 それで会社を辞めて、区議選まで1年あったので、世界中旅をしたり、地域の活動に参加して表参道の掃除を手伝ったりしたんです。掃除に参加して1か月くらいから、おもしろいけどしんどいな、もう少し人が集まったら楽だなとか、よくよく考えたらみんながゴミを捨てなくなれば自分たちも拾わなくてもいいんだとか、いろいろ考えるようになって、街のクリーンキャンペーンの企画書を書いて商店会に提案したんですよ。
それがきっかけでゴミ問題のNPO法人green birdを設立しました。街のプロデューサーとして一つ目の作品を作ったような気分でしたね。
—ワールドカップの試合終了後に日本のサポーターがゴミを拾って、「素晴らしい」と話題になりましたよね。
長谷部 予想外にインパクトがありましたね。それで、仲間が転勤になったのを機にパリでも始めることにしました。最初は日本人が集まってやっていたんですが、図らずもパリジャン、パリジェンヌも来るようになりました。
ゴミ拾いの何がいいかって、掃除をするとその場所をホームに感じるという不思議な効果があるんですよ。
パリのゴミが減っているかどうかはわかりませんが、パリを愛する人は確実に増えていると思います。パリ出身じゃない人間が言ってるんですけどね(笑)。
—ゴミを拾うだけなのに、すごいですね。
長谷部 green birdで経験したことで、今もグサッと心に刺さっていることがあります。知的障害児と年に1、2回、表参道の掃除をしていたんですが、ゴミ拾いが終わった後、あるお母さんから「15年間知的障害児の息子を育ててきたけど、初めて社会の役に立っている場面を見た」と涙ながらに感謝されたんです。ただ交じって掃除しただけなのに、そんなに喜んでもらえた。
つまり、マジョリティの意識の変化が求められているんですよね。障害者についてもそうで、手を差し伸べることしかしていなかった。交じり合うということがおろそかになっていたんですね。もちろんテクノロジーで超えていく部分もあれば、気持ちで超えていく部分もあり、交わって超えていく部分もある。
渋谷区の福祉の政策の大きなテーマは超福祉といって、福祉を超える福祉を目指しているんですが、そういう姿勢を持つことが必要だと思います。
渋谷区は、何代にもわたってずっと家を構えている人がいる京都や鎌倉と違って、祖父母の代に地方から出てきた人たちが多く住んでいます。自分たちも地方から出てきてここにいるという思いがどこかにあるから、新しく来る人たちにも寛容なところがある。だからうまく交じり合っているんですね。
いかに寛容性を持って他者を迎え入れていくかということが社会に問われた課題だと思います。街を愛している人たちがたくさんいれば寛容度が高くなると思うので、渋谷区がそういう街になってほしいですね。